イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
翌朝、歳三は二日酔いで痛む頭を擦りながら病院に出勤すると、第一外科の医局室には既に恩谷達が集まって朝礼を始めていた。
「すいません、遅くなりました。」
「二日酔いで遅刻とは、たるんでいるね。」
恩谷医師はそう言ってジロリと歳三を睨むと、そのまま医局室から出て行った。
「土方先生、おはようございます。」
「おはようございます。」
「昨夜はつい土方先生を酔わせてしまって、申し訳ないと思っております。」
「いえ、わたしの方こそ、昨夜は飲み過ぎてしまいました。」
歳三はそう言うと、自分の椅子の上に腰を下ろした。
「これ、二日酔いがよくなる薬です。」
「ありがとうございます。」
歳三と同じ第一外科の増谷医師は少し照れ臭そうな笑みを歳三に浮かべると、医局室から出て行った。
「先生、そろそろ病院が開きます。」
「わかりました。」
午前9時、病院が開院すると、廊下には患者達が溢れていた。
患者の大半は病院の近くにある漁港で働いている漁師たちやその家族で、彼らは待合室の椅子に座り、診察の順番を静かに待っていた。
「次の方、どうぞ。」
歳三が次の患者を呼ぶと、診察室に千尋と同年代の若い娘が入ってきた。
「今日は何処か悪いところがおありですか?」
「はい・・あの、わたくし、妊娠しているようなのですが・・」
「そうですか。でもわたしは産婦人科医ではないので、産婦人科に行ってください。」
「はい、わかりました。」
若い娘は少し落胆したような表情を浮かべた後、肩を落として診察室から出て行った。
「土方先生、榎木さんところのお嬢さんがさっきお見えになられたって、本当ですか?」
「ええ・・榎木さんというと、あの小高い丘の上にある綺麗な洋館に住んでいらっしゃる方ですか?」
「そうですよ。榎木さんは長崎で貿易商人をしていて、お嬢さんの嘉那子(かなこ)さんは、東京の女学校を今年の春に卒業されたばかりなのですよ。」
昼休み、看護婦長の草田から朝診察した若い娘が天草の有力者の娘である事を知った歳三は、彼女に悪い事をしてしまったのではないかと後悔した。
「先生、昨夜は先生を泥酔させてしまって申し訳ありませんでした。」
「いえ・・こちらも、醜態を晒してしまって申し訳ありません。」
「婦長、お客様です。」
「わかりました。では先生、わたくしはこれで失礼致します。」
草田はそう言うと歳三に頭を下げると、食堂から出て行った。
午後の診察は、何かと慌ただしい午前中の診察よりも、のんびりと時間が流れ、患者達も余り多くはなかった。
「お大事に。」
「ありがとうございます、先生。」
胸の前で自分に向かって拝む老婆が診察室から出て行くのを見送った歳三は、溜息を吐きながら椅子から立ち上がった。
「土方先生、榎木さんが先生にお会いしたいとおっしゃっております。」
「わかりました・・」
病院の応接間に入った歳三は、来客用のソファにあの若い娘―嘉那子と、彼の父親である榎木正道の姿があった。
「初めまして、土方と申します。」
「あなたが、東京から来なすった先生ね?」
「はい・・」
「こんな事をあんたに言うのもどうかと思うがね・・娘を嫁に貰ってやってくれないか?」
「は?」
榎木正道の言葉に、歳三は少し拍子ぬけた声を出すと目を丸くした。
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