演技を終えた真紀は、喝采を浴びながらスケートリンクを後にした。
『さぁ、宮下真紀選手の得点は・・何と、200.80!宮下選手、自己記録を更新しました!』
家族と一緒にカレーを食べながら、千尋はコーチと笑顔で抱擁を交わす真紀を画面越しに見ながら、溜息を吐いていた。
「どうしたの?」
「ううん、何でもない・・」
「それにしても、これで真紀君のオリンピック出場は確実だな。」
養父の仁は、そう言うと美味そうにビールを飲んだ。
「千尋、お前も真紀君に負けないように頑張るんだぞ?」
「うん、わかってる・・」
彼らに悪いはないと思っていても、どうしても千尋は彼らの言葉を素直に受け取ることが出来ずにいた。
双子というだけで、有名人の兄と常に比較されて、千尋は生きて来た。
“お兄ちゃんはスケートしているのに、どうしてあなたはスケートを習っていないの?”
小学四年の時、担任の女教師からそんな事を言われ、千尋の心は深く傷ついた。
サラリーマン家庭の荻野家に、年間4000万円ほどかかるフィギュアスケートの費用が捻出できると思っているのだろうか。
その女教師の質問に、千尋は答える事が出来なかった。
「ご馳走様。」
「ちーちゃん、余り食べてないじゃない、どうしたの?」
「ちょっと、疲れてて・・」
「そう。残りは明日のお昼に食べなさいね。今日は早めに寝た方がいいわ。」
「うん、そうする・・おやすみ。」
「おやすみなさい。」
千尋がリビングから出ようとしたとき、表彰台で金メダルを首に掛けられている真紀の笑顔がテレビ画面に映った。
二階の部屋に入った千尋は、ノートパソコンを起動させ、メールをチェックした。
受信トレイに未読のメールが一通届いていた。
千尋がそのメールをマウスでクリックして開いた。
“千尋、最近学校を休みがちになっているようだが、何かあったのか?このメールを読んだら、すぐに返事をくれ 土方”
(土方先生・・)
想い人からのメールを何度も読み返した後、千尋は「新規作成」ボタンをクリックした。
“土方先生、僕は元気です。最近僕が学校を休みがちなのは、兄の事で色々と学校で言われるのが嫌だからです。苛められてはいないけれど、クラスメイト達とは何処か距離を感じることがあります。双子って、良い事ばかりよりも、悪い事の方が多いんですね。土方先生、おやすみなさい、いい夢を。 千尋”
千尋は「返信」ボタンをクリックした後、メールボックスを閉じてノートパソコンをシャットダウンした。
『よくやったな、マキ。だがこれがゴールじゃない、これからがお前のスタート地点だ。』
『わかっています、コーチ。』
コペンハーゲン市内のホテルで、真紀はコーチのアンドレと別れて部屋に入ってベッドの上に寝転んだ。
これからオリンピックが終わるまでは暫くゆっくりと休めないから、今の内に休んでおこう―そう思った真紀は、着替えもせずにそのままベッドの上で眠ってしまった。
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