イラスト素材提供:十五夜様
ライン素材提供:ひまわりの小部屋様
「それは出来ねぇな。」
「何故ですか?」
「今、俺は天草の病院で働いていて、俺が東京を留守にしている間は、秘書の山崎に会社を任せてある。お前ぇが俺の会社に入りてぇんだったら、先ずは俺じゃなく山崎に頼むんだな。」
歳三はそう言うと、スーツの内ポケットから秘書・山崎蒸(やまざきすすむ)の連絡先と住所が書かれたメモを遠山青年に渡した。
「ありがとうございます。お忙しい中、お引き留めしてしまって申し訳ありませんでした。では、わたしはこれで失礼致します。」
遠山青年は歳三に向かって頭を下げた後、そのまま昇降機から降りていった。
翌日、土方財閥本社ビルへとやって来た遠山は、受付嬢に山崎を呼んでくれと頼んだ。
「恐れ入りますが、お約束はいただいておりますでしょうか?」
「昨夜、土方社長から山崎さんを紹介されたのですが・・」
「こちらで少々お待ちいただけますでしょうか?」
受付嬢はそう言うと、デスクに備え付けられてある電話の受話器を取った。
『もしもし、秘書室だが・・』
「山崎さん、受付の山科です。お客様が受付でお待ちです。」
『わかった、すぐに行く。』
受付から電話を受けた山崎は、秘書室から出てロビーがある一階へと降りた。
「君が、わたしを訪ねて来た人かね?」
「はい・・初めまして、わたしは東京帝国大学の遠山尊と申します。実は、山崎さんにお渡ししたいものがございまして・・」
「わたしに、渡したいもの?」
「はい、こちらです。」
遠山青年は、鞄から履歴書が入った封筒を取り出すと、それを山崎に手渡した。
「わたしと秘書室に来なさい。ここは人の出入りが激しいから、面接の場所には相応しくない。」
「わかりました。」
数分後、秘書室で遠山青年は、山崎と向かい合わせに座っていた。
「君は何故、この会社に入ろうと思ったんだい?」
「以前経済誌で土方社長のインタビュー記事を拝読し、土方社長に感銘を受けてこの会社に入ろうと決意致しました。」
「わたしは今まで、新入社員の面接をしたことがあるが、入社の動機を尋ねると、必ず彼らは君のような答えを返してきた。皆が言っているから安心だといって、同じような答えを返すようでは、君を我が社に入社させるわけにはいかないな。」
「そんな・・」
遠山青年が落胆の表情を浮かべるのを見た山崎は、彼が何か自分に隠している事に気づいた。
「では、君が本当に我が社に入りたいという動機をここで話したまえ。」
「わたしは、鹿児島の指宿(いぶすき)で生まれました。実家は貧しい農家で、わたしの下には尋常小学校に通う4人の幼い妹達が居ります。父は腰を痛めて働けず、母が行商をしながら妹達を養っているのですが、家計が逼迫していて・・このままだと、妹を奉公に出さなければならないと、数日前実家の母から手紙が届きまして・・」
「君は、実家の家族達を養う為に、我が社に入りたいと?」
「はい。わたしは両親のお蔭で東京帝国大学に通っておりますが、出来れば妹達を、東京の女学校に通わせたいと思っておりまして・・」
「そうか。では、早速下働きとして明日からここに来たまえ。」
「有難うございます!」
「うちの会社で働く為には、英語を話せないと駄目だ。君、英語は話せるのか?」
「はい。」
「明日の朝9時までに、ここに来なさい。時間は絶対厳守だから、遅刻したら即解雇だ、いいね?」
「わかりました、失礼致します!」
翌日、遠山青年は朝一番に土方財閥本社のビルにやって来て、事務所の清掃をしていると、そこへ山崎と数人の社員達が入ってきた。
「おはようございます!」
「おはよう、遠山君。朝一番から事務所の掃除とは、感心するね。」
「ありがとうございます。」
「掃除が終わったら、書類の整理を頼む。わからないことがあれば、市村君に聞くといい。」
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