朝、シャワーを浴びているとき、歳三はそっと左の首筋から足首にかけて負った火傷痕を撫でた。
3年前、彼は親友が経営していた牧場で火災に遭い、そこで親友と愛馬を失った。
彼には、深い喪失感と醜い火傷痕だけが残った。
何度も死のうと思いつめたことがあったが、その度に恋人が励ましてくれた。
彼―千尋とは内縁ではあるが、夫婦同然の関係だ。
いや、男同士なのだから「夫夫」というべきか。
「お父さん~!」
「陸、どうしたんだ?」
「ねぇ、今度の日曜千尋さんと三人でプール行こう!」
「プール?」
「うん、懸賞で遊園地の無料招待券当たったんだ!」
「そうか・・」
歳三はタオルを胸の高さまで巻くと、中学生になる一人息子の陸を見た。
「ねえお父さん、やっぱり傷のこと、気になっているの?」
「まぁな・・でも、この傷は一生治らないだろうって医者から言われたからもう諦めているよ。」
「そんな・・」
今まで、何度か皮膚移植手術を試みたことがあった。
だが莫大な費用と時間が掛かるため、断念した。
「考えてみる・・」
「そう。」
リビングに戻った陸が溜息を吐いていると、ベランダで洗濯物を干していた千尋がリビングに入ってきた。
「どうしたの、陸君?」
「お父さんにプール行こうって誘ったけど、傷のことがあるから、断られそう・・」
その日の夜、千尋は歳三の部屋のドアをノックした。
「プールのことですけれど、無理しなくてもいいですから・・」
「いや、行くよ。」
「本当に、いいのですか?」
「ああ。」
週末、遊園地内にあるプールで、歳三は千尋と陸と三人で楽しく遊んでいた。
そこへ、5歳くらいの男児を連れた一組の親子連れが彼らのそばを通りかかった。
「ママ、どうしてあの人の肌、汚いの?」
男児は好奇心を剥き出しにした視線で、歳三の火傷痕を見た。
「ゆっ君、そんなに人のことをジロジロと見たら駄目でしょう。」
男児の母親はそう言うと、歳三に向かって頭を下げた。
「お父さん、今日楽しかったね。」
「ああ。なぁ陸、帰る前にジェットコースター乗ろうか?」
「うん!」
遊園地で一日中遊んだあと、帰宅した歳三は、車をマンションの地下駐車場に停めると溜息を吐いた。
「千尋、俺皮膚移植手術を受けようと思うんだ。」
「それは、本気ですか?」
「ああ。莫大な金と時間が掛かるが、やる前から諦めていちゃぁ終わりだ。」
「そうですか・・あなたがそう決めたのなら、わたしは止めません。」
千尋はそう言うと、歳三の唇を塞いだ。
「ねぇ千尋ちゃん、土方さんが皮膚移植手術を受けるって本当?」
「ええ。かなりのお金と時間が掛かりますけど、頑張ってみようって歳三さんが言っていて・・」
「そう。これから長い戦いになるだろうけど、頑張ってね。」
「はい・・」
後書き
『わたしの彼は・・』の後日談のようなもの。
火事で負った火傷の痕を消すため、皮膚移植手術を受ける決意をした歳三。
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