イラスト素材提供:White Board様
千尋が甲府駅で汽車から降りると、プラットホームには歳三の姿があった。
「お帰り、千尋。」
「ただいま、あなた。」
千尋はそう言うと、歳三の胸の中に飛び込んだ。
「子供達は元気ですか?」
「ああ。それよりもお前、少し痩せたな?」
「色々とありまして・・」
「そうか。腹が減っただろう?飯でも食おう。」
「はい。」
二人は、駅の近くにある蕎麦屋(そばや)で昼食を取った。
「学校はどうだ?」
「最近、薩摩と京都、熊本から編入生が来て・・薩摩から来た佐伯千鶴子さんと、熊本から来た山田梓さんとは仲良くしておりますけれど・・」
「京都から来た編入生とは、上手くいかなかったのか?」
「ええ。彼女は、狩野万之丞(かりのまんのじょう)様のご息女だそうで・・」
「狩野万之丞といえば、今飛ぶ鳥を落とす勢いの貴族院議員じゃねぇか。」
「わたくし、あの人が何かを抱えているような気がするのです。他人には言えない、何かを・・」
「そうか。なぁ千尋、この世にはどうしても相性が悪い人間も居れば、その逆の人間も居る。ただ相手が嫌いだから、苦手だからって自分から相手に背を向けちゃいけねぇと思うんだ。じっくりと、相手と向き合えばいいさ。そうすれば、相手もきっとわかってくれる。」
「そうですね・・」
千尋は、歳三の言葉に少し励まされた。
四ヶ月ぶりに帰ってきた我が家を見ると、何処かよそよしい空気に満ちていた。
「どうした?」
「何だか、家の空気が少し変わっているような気がして・・」
「四ヶ月も家を空けたから、そう思うのも仕方ねぇよな。」
歳三はそう言って千尋の肩を叩くと、家の中に入った。
「今日は暑いですね。」
「ああ。今日の夕飯は素麺(そうめん)にしようか?」
「いいですね。」
その日の夜、千尋は四ヶ月ぶりに歳三と夕食を囲んだ。
「お前が甲府を留守にしている間、俺は教室で子供達を教えたり、女学校設立のための資金集めをしたりして、色々と忙しかったんだ。」
「そうですか・・それは大変でしたでしょう。」
「今度、太田さんの家で女学校設立についての会合を開くことになってな。お前も一緒に来ないか?」
「はい。」
夕食の後、千尋と歳三は風呂で互いの背中を流し合った。
「千尋、東京に帰る日まで一緒に居られるんだな。」
「ええ・・」
「お前は、俺と一緒に居て楽しいか?」
「楽しいです。」
「そうか、それは良かった。」
翌朝、歳三が寝床の中で微睡んでいると、台所の方から米が炊ける匂いがした。
「おはようございます、歳三様。」
「おはよう。」
「今日、教室に顔を出そうと思っております。」
「教室は休みだ。」
「そうですか。」
「朝飯を食ったら、出かける。」
「わかりました。」
玄関先で歳三を見送った千尋は、家の中に戻ると掃除を始めた。
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