イラスト素材提供:White Board様
「奥様の身体はかなり衰弱しています。余命は長くても三ヶ月です。」
「そんな・・」
歳三は往診に来た医師から千尋の余命が三ヶ月であることを知らされ、狼狽した。
「あなた、どうなさったのですか?」
「千尋・・」
「わたくし、この時を覚悟しておりました。」
千尋はそう言うと、そっと歳三の手を握った。
「千尋さん、死んだらいや!」
「亜紀さん、泣いてはいけませんよ。」
枕元で亜紀がそう言って泣きじゃくると、千尋はそっと亜紀の頭を撫でた。
「あなた、亜紀さんのことを宜しくお願いいたしますね。」
「わかった。」
歳三の手を握り、千尋は彼に優しく微笑んだ。
数日後、千尋は歳三と亜紀に見守られながら、静かに息を引き取った。
「千尋さんがこんなにも早くお亡くなりになるなんて、信じられなかったな・・」
太田は千尋の通夜の席でそう呟くと、歳三を見た。
「土方さん、これからどうするんだ?」
「千尋の代わりに、学校を守りますよ。学校は、俺と千尋の子供のようなものですからね。」
「そうか。」
千尋の訃報を受け、千尋の兄夫婦も葬儀に参列するために甲府へやって来た。
「土方さん、千尋のことを最後まで大事にしてくださって有難う。」
「義兄さん、俺は千尋が遺した学校を死ぬまで守っていきます。」
「そうか。」
千尋の四十九日の法要を終えた後、歳三は千尋の遺品を整理することにした。
「お父様、これなぁに?」
「ああ、これは俺が昔、千尋に贈った簪だ。」
木箱の蓋を開け、歳三は一本の簪を取り出した。
それは、京で歳三が千尋に結婚の証として贈った鼈甲の簪だった。
「この簪を、あいつは祝言の席で挿していた。」
「お母様の花嫁姿、さぞかしきれいだったんだろうなぁ・・」
「ああ。まるで天女が空から舞い降りてきたかのような美しさだった。亜紀、この簪はお前が持っておけ。」
「いいの?」
「お前は俺達の娘だ。母親の形見を娘が持って当然だろう。」
歳三はそう言うと、鼈甲の簪を亜紀に握らせた。
「お前が嫁に行くとき、この簪を挿せばいい。」
「はい・・」
歳三は何度か周囲から再婚を勧められたが、そのたびに歳三は縁談を断った。
「土方さん、どうして再婚しないんだ?」
「俺が愛したのは、千尋ただ一人です。他の女など、愛せません。」
「そうか。千尋さんが死んで、もう四年になるのか・・」
「そうですね。俺はまだ、あいつがまだ家の中に居るんじゃないかって思うことがあるんですよ。」
歳三はそう呟くと、太田家をあとにした。
「お父様、お帰りなさい。」
「ただいま。」
「今日、お茶の先生に褒められました。」
「そうか、それは良かったな。」
四年前、筑豊から来た時は九歳だった亜紀はもう十三歳となり、少し大人びた雰囲気を漂わせていた。
「その櫛、良く似合うな。」
千尋の形見の櫛を髪に飾った亜紀は、歳三からそう褒められると頬を赤く染めた。
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