「姫様の入内が遅れるって、本当かしら?」
「何でも、宮中で呪詛騒ぎがあったそうよ。」
「梨壺女御様が御産みになられた皇子が、原因不明の病に陥ったとか・・」
「まぁ、それは大変ね。」
「きっと弘徽殿女御様が帝の寵愛深い梨壺女御様に嫉妬して皇子に呪詛を掛けたのでしょう。」
御簾越しに聞こえる女房達の声を聞きながら、美鈴は御帳台の中で寝返りを打った。
「姫様、起きていらっしゃいますか?」
「ええ。ねぇ、宮中で呪詛騒ぎが起きたって本当なの?」
美鈴の言葉に、彼女に仕えている女房の一人・五十鈴(いすず)が頷いた。
「ええ、弘徽殿女御様が梨壺女御様に嫉妬し、皇子に呪詛を掛けたというのが宮中で流れている噂でございます。」
「弘徽殿女御様って、どんな方なの?」
「今の帝のご正室で、お父君は宮中で権勢を振るっている方です。ですが、今では梨壺女御様が皇子を御産みになられて、梨壺女御様の父君が弘徽殿女御様の父君よりも権力を持っております。」
「どうして自分の娘が皇子を産んだら、宮中で権力を持つの?」
「それは、梨壺女御様が御産みになられた皇子が、将来帝になるからですよ。」
五十鈴の説明に、美鈴は納得したように頷いた。
貴族の娘として、宮中の権力争いについて何度か父親から話を聞き、梨壺女御の父親が外戚として宮中で権勢を振るっていることを美鈴は理解した。
「でも弘徽殿女御様は帝のご正室でしょう?そのご正室を蔑ろにされて、梨壺女御様のお父君は帝の怒りを買わないのかしら?」
「実はここだけの話ですが・・帝は中宮様である梨壺女御様をご正室になさろうとお考えのようでして。」
「まぁ、そんなことをしてはいけないのではなくて?いくらご正室の弘徽殿女御様が、皇子を御産みになっていないからといって・・」
「何を騒いでおるのだ?」
「北の方様・・」
話に夢中になっていて、美鈴達は霧の方が部屋に入ってきたことに気づかなかった。
「北の方様、ご機嫌麗しゅうございます・・」
「そなたの口からそのような堅苦しい挨拶など聞きたくありません。美鈴、そなたの入内が少し延びることになりました。その理由は、お前も知っていますね?」
「はい。梨壺女御様の皇子が、呪詛を掛けられたからでございますね?」
「皇子様のご容態が安定するまで、そなたの入内は暫く延期すると、帝から文が届きました。入内が延びたからといって、安心してはなりませんよ、よいですね?」
「はい・・」
「そなたたちも、いつ入内できてもいいように、支度を調えるように。」
「はい、北の方様。」
霧の方が部屋から出て行った後、女房達は安堵の表情を浮かべた。
「北の方様は、何故こちらにいらしたのでしょうね?」
「さぁ・・」
「美鈴、美鈴はおるか!」
「はい父上、わたくしはここに居ります。」
助睦が何やら慌てふためいた表情を浮かべながら自分の部屋に入って来た美鈴は、訝しげな視線を彼に送った。
「どうなさったのですか?」
「早く支度をしろ、あき子内親王様がお前に会いに来ておられる!」
「まぁ、あき子内親王様が?」
「内親王様を待たせてはならぬぞ!」
助睦はそう美鈴に言うと、部屋から出て行った。
「姫様、早くお召し替えを。」
「わかったわ。」
弘徽殿の女御と帝の一の姫であるあき子内親王の突然の来訪に戸惑いつつ、慌てて身支度を済ませた美鈴は、彼女と父親が待つ寝殿へと向かった。
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