「女御様?」
桐壺女御のただならぬ様子に何かを感じた光明は、彼女から一歩あとずさった。
「そなたには、ある者を甦らせて欲しいのじゃ。」
「甦らせるとは・・一体どなたを甦らせて欲しいのですか?」
「それは、主上のお兄君、宏昌様じゃ。」
「宏昌様を甦らせて、どうなさるのです?」
「それはそなたには関係のないことじゃ。そなたは、宏昌様を甦らせればよいのじゃ。」
「それは出来ませぬ。反魂の術は、禁忌中の禁忌。」
「誰にもわからなければよいではないか。」
「そんな・・」
「宏昌様を甦らせれば、そなたにはそれ相応の報酬と、身分を与えよう。」
「本気なのですか、女御様?」
「そなた、わらわが戯言でそなたにこんな事を頼むと思っておるのか?」
そう言った桐壺女御の目は血走っていた。
「わかりました、お引き受けいたします。」
「では、さっそくかかるがよい。」
桐壺女御は、桐の箱からある物を取り出した。
それは、帝の兄・宏昌の遺髪だった。
「これを使え。よいか、宏昌様のことは誰にも知られてはならぬぞ。」
「承知いたしました。」
宏昌の遺髪を受け取り、桐壺女御の局から出た光明は、じっと自分の方を見ている少女の視線に気づいた。
彼女は、先ほど宣耀殿の中庭で見かけた立花家の姫君だった。
「何か、わたしに用か?」
「先ほど、助けていただいて有難うございました。」
美鈴はそう言って光明に頭を下げると、御簾越しに自分が作った勾玉を彼に手渡した。
「これは?」
「幸運のお守りです。」
「大事にしよう。そなた、名は?」
「美鈴と申します。」
「美鈴殿、出会いの記念に、これを受け取って欲しい。」
光明は懐から水晶の腕輪を取り出すと、それを美鈴の掌に載せた。
「厄除けのお守りだ。宮中は禍々しい気に満ちている。水晶は邪悪なものを払うといわれているから、肌身離さず身につけておくように。」
「有難うございます。」
美鈴と別れ、陰陽寮に戻った光明は、懐から桐壺女御から渡された宏昌の遺髪を取り出した。
反魂の術で宏昌を甦らせろと自分に命じた桐壺女御の目的がわからない限り、今は動かないほうがいいだろう。
「光明、ここに居たのか?」
「陰陽頭様・・」
「そんな堅苦しい呼び方をしないでくれ。いつものように兄上と呼んでくれと言ったじゃないか?」
突然部屋に入って来た陰陽頭・安倍光利は、そう言うと弟に向かって優しく微笑んだ。
「兄上、わたしに何かご用ですか?」
「実は、明日弘徽殿女御様のお父君主催の宴に誘われてね。よかったら、お前も一緒に来ないか?」
「わたくしも、ですか?」
「ああ。色々と、お前に相談したいことがあるらしい。」
「そうですか。わかりました、その宴に出席いたします。」
呪詛騒動の渦中に居る弘徽殿の女御の父親が、自分に何を相談したいのか―それを知る為、光明は兄とともに彼が主催する宴に出席することになった。
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