ホーフブルク宮を飛び出したルドルフは、その足で警察署へと向かった。
『失礼ですが、何かご用でしょうか?』
『ここの責任者は誰だ?』
『申し訳ありません、生憎署長は外出中でして・・』
ルドルフが警察署の窓口に居た制服警官にそう尋ねると、彼は渋面を浮かべてルドルフに詫びた。
『ならば、署長が戻るまでここで待たせて貰おう。』
ルドルフはそう言うと、廊下に置いてあるソファに腰を下ろした。
だが幾ら彼が待っても、署長が警察署に戻ることはなかった。
(無駄足だったな。警察は役に立たん。)
舌打ちをしながらルドルフが懐中時計を取り出すと、既に時刻は十時半を回っていた。
環がサーカスで拉致されてから、四時間以上も経っている。
自分が警察署で待ちぼうけを喰らっている間、環が一体どんな酷い目に遭っているのか―それを想像するだけでも、ルドルフは怒りで血が沸騰しそうだった。
『ルドルフ!』
あてもなくルドルフがウィーンの街を歩いていると、黒馬に跨ったヨハンとゲオルグが彼の前に現れた。
『大公、ゲオルグ、どうしたこんな夜中に?』
『それはこっちの台詞だ。タマキの居場所は判ったのか?』
ヨハンの問いに、ルドルフは静かに首を横に振った。
『タマキが今何処に監禁されているのかも判らないし、タマキを拉致した奴らの正体も目的も判らない。八方塞がりとはこの事だな。』
『警察に何か情報が入っているかもしれません。警察署に・・』
『さっき行ったが、署長は外出中だそうだ。こんな時に警察は全く役に立たんな。』
ルドルフがそう呟いた時、空から静かに雪が降って来た。
『俺の後ろに乗れ、ルドルフ。』
『わかった。』
(タマキ、どうか無事でいてくれ・・)
スラブ語で何かを話す男達の声で、環は眠りから覚めた。
【なぁ、これからどうする?】
【あいつはこの娘っ子さえ攫(さら)ってくれれば金をくれるとか言っていたけどよ、信用できるのか?】
【貴族の旦那を疑ってどうすんだ。】
【けどよぉ・・】
【お前達、一体そこで何を騒いでいる?】
男達の会話は、闇の中から突如聞こえた玲瓏な声によって中断された。
【旦那、例の娘っ子を連れてきましたぜ。】
【それはご苦労。】
【金はくれるんですよね?】
【ああ。だがその前に、お前達には消えて貰おう。】
コツコツと上質な革靴の音を響かせながら、声の主はそう言うと男達に銃口を向け、躊躇(ためら)いなく引き金を引いた。
『馬鹿な連中だ、金に目が眩んで命を失うとは・・これだから貧乏人は嫌いだ。』
月光に照らされた声の主の姿が明らかになると、環は絶句した。
『やぁ、怖い思いをさせて申し訳なかったね。』
ブロンドの髪を夜風に靡かせながら、リーヒデルト=ローゼンバイツはそう言って環に向かって優雅に微笑んだ。
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