「女将さん、お忙しい中わざわざ来てくださり、ありがとうございます。」
「いいえ。こちらこそお忙しい中会ってくださっておおきに。」
菊枝はそう言うと、歳三と勇に対して頭を下げた。
「女将さん、話というのは何でしょうか?」
「実は、千尋を正式に舞妓として店だししたいと思うてます。千尋の養い親である土方様と近藤様にその事をご相談したくてこちらへ参りました。」
「女将さん・・いや、菊枝殿、お言葉ですが千尋は没落したとはいえ武家の娘です。彼女はいずれ実家を再興する為に・・」
「そないな見え透いた嘘など吐いても無駄どす、近藤様。うちは千尋の正体を知ってますえ。」
「何と・・」
勇は菊枝の言葉を聞くと、驚愕の表情を浮かべた。
「菊枝殿はどうやら話が解る方のようですね。」
歳三は菊枝に微笑むと、彼女は頬を赤く染めた。
「うちかて長年置屋の女将を務めてますさかい、ちょっとやそっとの事では動じたりはしまへん。」
「そうですか。ならば話が早い。千尋が舞妓として店だし出来ないのは、千尋が男だからです。それに、千尋は・・」
「そちらはんの隊士どすやろ?その事を踏まえてうちは千尋を店だししたいと言うてるんどす。」
菊枝は一旦言葉を切り、歳三を見た。
「そうですか、では仕方がありませんね。千尋を暫くそちらで預かって頂きましょう。」
「おおきに。」
「トシ、そんな事をしてもいいのか?」
「いいに決まっているだろう、近藤さん。」
そう言って自分に微笑む歳三の姿を見た勇は、彼が何かを企んでいる事に気づいた。
「ほな、うちはこれで失礼します。」
「駕籠を用意いたしますので、暫くお待ちください。」
「結構どす。」
西本願寺の屯所を出て、『いちい』へと戻った菊枝は、千尋に二月後正式に舞妓として店だしする事を伝えた。
「女将さん、うちは女将さんに話したいことが・・」
「さっき、あんたの養い親に会うてきた。向こうもあんたが店だしすることを承知してはったわ。」
「そうどすか。そしたら店だしの日を迎えるまで、精進させて貰います。」
「これからお気張りやす。」
「へえ。」
千尋と菊枝の話を立ち聞きしていた鈴江は、不快そうに鼻を鳴らしてそのまま自室へと戻った。
「どうした、そんな顔をして?」
「どうもこうもないよ。あの新入りが正式に店だしする事に決まったよ。」
鈴江はそう言うと畳の上で胡坐(あぐら)をかいた。
「全く、お前の今の姿をお前のご贔屓筋の客が見たら失神するぞ?」
「そんな客、勝手に失神しとけばいいんだよ。それよりも、これから面白くなりそうだね。」
鈴江は口端を上げて笑うと、信にしなだれかかった。
「何が面白くなるんだ?」
「元は武家の娘だったか何だか知らないけれど、これから千尋は花街の住人となる訳だから、花街の厳しい掟をわたしが叩き込んでやらないとね。」
「お前が何を企んでいるのかは解る。余りやり過ぎないようにしろよ?」
「あぁ、わかったよ。」
(まぁ俺がこんな事を言っても、こいつは俺の言う事を聞かないだろうからな・・)
信は心の中でそう呟くと、咥えていた煙管の中に溜まっていた灰を火鉢の中に落とした。
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