歳三は底の見えない暗い海の底へと、ゆっくりと沈んでいった。
この世に生を享けてから35年間、なりふり構わず、ただ前だけを向いて生きて来た。
どんなに辛い事があっても、ただがむしゃらに前進してきた。
まるで嵐の海を征く船のように、歳三の前には次々と困難が立ちはだかった。
だが、その困難を歳三は近藤や総司をはじめとする仲間達と共に乗り越えて来た。
“トシ”
“土方さん”
いつも自分の傍には、近藤と総司、そして試衛館の仲間達が居た。
しかし嵐の海が鎮まった今となっては、歳三の傍には誰も居なくなってしまった。
(この先には、一体何があるんだろうな?)
暗い海を見つめ、歳三はそう思いながらゆっくりと瞳を閉じた。
「・・さん、土方さん!」
誰かの声が聞こえ、歳三は低く唸って身体を反転させた。
すると、誰かが自分の身体を大きく揺さぶった。
「土方さん、そんなところで寝てないで起きてくださいよ!」
歳三がゆっくりと目を開けると、そこには労咳で死んだ筈の総司が自分の顔を覗き込んでいた。
「総司、お前ぇ死んだ筈じゃなかったのか?」
「何を言っているんですか?」
総司は歳三の言葉を聞いた途端、そう言うと噴き出した。
彼の笑顔を見た歳三は、嬉しさを感じると共に何故か彼に違和感を抱いた。
「おおトシ、目を覚ましたか!」
「近藤さん・・」
歳三が賑やかな声が聞こえた方を見つめると、そこには自分が生涯を共にした親友の姿があった。
「どうした、トシ?幽霊を見たかのような顔をして?」
「そうですよ、さっきから土方さん、様子がおかしいんですよ。頭を打っておかしくなったんじゃないんですかねぇ?」
「俺が、頭を・・?」
「もう、土方さんったら、あんな事があったのに全く憶えていないんですか?」
総司はそう言って笑いながら、歳三の肩を力強く叩いた。
「おや、何やら賑やかな声が聞こえたと思ったら・・漸く意識を取り戻されたみたいですね、土方さん?」
副長室にそう言いながら入って来た禿頭(とくとう)の男が誰なのか、歳三は暫く思い出せなかった。
「松本・・先生?」
「先生、丁度いい所に来てくださいました。トシがおかしいので、診てやってくれませんか?」
「頭を酷く打ってしまったから、その所為で土方さん、酷く混乱してしまったそうなんですよ。早く診てあげてください。」
「解りました。」
禿頭の男―松本良順医師の診察を受けた歳三は、近藤と総司に対して抱いている違和感が拭えずにいた。
本当にここは、現実の世界なのだろうかと。
作品の目次は
コチラです。
にほんブログ村