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テーマ:本日の1冊(3695)
カテゴリ:07読書(フィクション)
一人のひと
ひとりの男(ひと)を通して たくさんの異性に逢いました 男のやさしさも こわさも 弱々しさも 強さも だめさ加減や ずるさも 育ててくれた厳しい先生も かわいい幼児も 美しさも 信じられないポカでさえ 見せるともなく全部見せて下さいました 二十五年間 見るともなく全部見てきました なんて豊かなことだったでしょう たくさんの男(ひと)を知りながら ついに一人の異性にさえ逢えない女(ひと)も多いのに 詩集「歳月」(花神社)より この詩は、去年2月17日に亡くなった茨木のり子が、死ぬ前にご主人が死んで31年間の間に書きためた39篇の詩を編んだものである。死んだあと発見された「Y」(三浦安信のイニシャル)という箱の中に、きれいに清書された原稿、目次などが残っていたらしい。彼女は死後の公表を望んでいたようだ。「一種のラブレターのようなものなので、ちょっと照れくさい。」と甥には言っていたという。その気持ちは詩集を読んでみてよく分かる。 なんて明けすけな 愛の詩集か! 社会の中の夫の位置づけなど一切考えずに、まっすぐただ夫のことのみ見つめている。少女のような、淑女のような、女(おんな)のような、「二人だけの世界」がここにある。 出版されてまだ一ヶ月と少ししか経っていない。私は生まれて初めて、個人の詩集の新刊本を買った。 詩は、人々の間で何度も何度も暗誦され、引用されて、初めて生き始めるのだ、と私は思っている。この詩集の中の何篇かは、これから何度も何度も「自分の感受性くらい」のように引用されるに違いない。その前に読みたかったのだ。まだ誰にも引用されていない詩集の中から、一篇だけ自分の詩を選びたかったのだ。自分の感受性くらい、自分で守りたかったのだ。 なぜ選んだのか、と問われれば「共感もあれば、憧れもある。今にして思えば、人生を変えた出来事だった。」とだけ云っておこうと思う。 今日で朝日新聞の、大岡信の「折々のうた」の長い連載が終わった。二月に彼がこの詩集のことを紹介し、それではっと気がついて買い求めた。本当はUTSのコラムのテーマ「選ぶ」で、この詩のことについて書こうと思っていた。でもあまりに「あざとい」気がして止めた。「偏見を持とう」になった次第である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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