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カテゴリ:洋画(07)
人と人が信じあえるのに、言葉は必要なのだろうか。
という疑問がわいてきた。そんな映画でした。 また長い前ふりをします。早く読みたい方は写真がアップされているところまで降りていってください。 幕末前後の外国人の日本旅行記を分析した著書「逝きし世の面影」(平凡社ライブリー 渡辺京二)にこのような行(くだり)がある。 開放されているのは家屋だけでなかった。人々の心もまた開放されていたのである。客は見知らぬものであっても歓迎された。ルドルフ・リンダウは横浜近郊の村、金沢の宿屋に一泊したとき、入り江の向かい側の二階家にあかあかと灯がともり、三味線や琴に賑わっているのに気づいた。何か祝いごとをやっているだろうと想像した彼は、様子を見たく思ってその家を訪ねた。「この家の人々は私の思いがけぬ訪問に初めはたいそう驚いた様子であったし、不安を感じていたとさえ思えた。だが、この家で奏でられる音楽をもっと近くから聞くために入り江のむこうからやってきたのだと説明すると、彼らを微笑みをもらし始め、ようこそこられたと挨拶した。」二階には四組の夫婦と二人の子供、それに四人の芸者がいた。リンダウは、歓迎され酒食をもてなされ、一時間以上この「日本人の楽しい集い」に同席した。彼らは異邦人にびくびくする様子もなく、素朴に好奇心をあらわにして、リンダウの箸使いの不器用さを楽しんだ。そして帰途はわざさわ゛リンダウを宿屋まで送り届けたのである。これは文久二(1862)年の出来ごとであった。 渡辺京二氏は、当時の日本の家の鍵などかけない開放性、卑屈になるのでもない恐れ戦くのでもない好奇心をあらわにする親和性、そしてどんな貧しそうな者でも決して物を盗まず、見返りを求めないもてなしをする礼節、それらが一様に一人や二人ではなく何十人という外国人が書いた日本旅行記にことごとく書かれているというのである。 「ここに輝いていたのは、日本の古き庶民生活の最後の残照であった。」と渡辺氏は言う。 果たして現代日本にその光は少しも残っていないのか、という疑問は措いておいて、現代でも外国を旅すると、そういう体験をすることがある。旅の道連れになって一泊だけ同宿したキム君、道を教えてくれた食堂のお兄ちゃん、車に乗せてくれたオモニ、そんな体験はすでにほかにも何度も何度も書いた。 心を伝えるのに、本当に言葉は必要なのだろうか。 「バベル」 監督 : アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ 出演 : ブラッド・ピット 、 ケイト・ブランシェット 、 ガエル・ガルシア・ベルナル 、 役所広司 、 菊地凛子 、 アドリアナ・バラッザ この映画では幾つかの言葉が使われている。バベルの寓話は人間の放漫に怒った神が人々の言語を分かち、混乱に貶めたというものらしい。だからてっきり外国で登場人物が一人残されて、言葉も出来ずに混乱するという話かと思っていた。けれどもそういうことは一回もない。むしろそれぞれの思いが通じなくなるのは、同じ言葉を話す同国人のほうが多い。物語始めのブラピの夫婦。モロッコの牧畜兄弟。チエコと表面的に付き合う聾の仲間。ブラピとバスの人々。アメリアとブラピの電話のやり取り。検問場面でのガルシアと警官との会話。等々、すべて同じ言葉で会話されている。 そしてこの映画で気持ちが通じる場面はすべて言葉にならない言葉ばかりであった。 幕末の日本人がそうであったように、旅先で私が出会った人々のように、不完全の言葉であれば言葉以外のことを使って人々は「思い」を伝えようとする。その場合のほうがすんなり心の中に入ってくる。 「バベル」とはただ、それだけを伝えようとした映画なのではないか。 追記(07.05.06) 昨日気がついたのですが、このアメリカ、日本、メキシコ、モロッコの国は世界の中で貧困率が高い国の五つの中の三つなのです。 OECD(経済協力開発機構)が加盟国(30ヶ国)の貧困状況について比較調査した2005年報告書に「貧困率」というデータがある。貧困率とは、国民の平均所得の半分以下しか所得のない人を「貧困者」とし、国民全体の何%になるかを示すデータなのだが、これによると日本の貧困率はメキシコ(20.3%)、米国(17.1%)、トルコ(15.9%)、アイルランド(15.4%)に次いで世界で5番目の15.3%。中進国のメキシコ、トルコをのぞけば、先進国で3番目の高貧困率国ってことになるという。 もしかしたらこのデータが監督が日本を舞台にした理由なのかもしれない。貧困率が高いということは『格差社会』であると言うことです。それは人々に大きなストレスをもたらすのだろう。摩天楼のようなバベルの塔のようなビルがある日本やアメリカにおいても、その根本においては神が罰を与えた当時の人類と同じ状況なのだ、ということなのでしょう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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