21日のカメの話から、本日は奇天烈哺乳類のコウモリに話題を移す。
夏の宵に餌の虫を探して飛び回るコウモリを見て分かるように(写真上)、飛ぶということは生物進化の上ではさほど珍しい変異ではなかったらしい。例えば現在繁栄する「飛ぶ脊椎動物」の代表である鳥類(鳥綱)は、肉食恐竜の獣脚類から進化した。
◎空という空間を得て大繁栄したコウモリ
つまり鳥は、「空飛ぶ恐竜」なのである。これと同じ飛翔能力を、哺乳類であるコウモリはもう1度、身につけた(ムササビやモモンガなどは滑空能力はあるが、飛翔能力はない)。だから飛翔能力の進化は、ヒトの直立二足歩行よりも簡単な変異だったとも言える。ヒトのように直立二足歩行できる脊椎動物は、他にいないからだ。
空を飛べること、つまり大空をニッチ(生態的地位)として得たことは、大きなアドバンテージがある。分布域を広げやすいし、捕食者からも逃げやすい。そのためコウモリ目は大繁栄し、現在でも世界中で約1100種が現生する。ヒトを含む霊長目が200数十種程度であることを思えば、大空をニッチとした成功度は明白だ。
大成功した最も分かりやすい例は、分布域の広さだろう。例えば、ゴンドワナ大陸が大分裂してからユーラシア陸塊と別れたオーストラリア大陸には、哺乳類でも有袋類だけしかおらず、哺乳類で主流の有胎盤類はいない。海棲を除いてただ4種の例外はあるが。
◎コウモリにも飛翔力を失うものも
例外の非海棲の有胎盤類4種とは、ネズミ、ヒト(オーストラリア・アボリジニ)、ディンゴ(野生のイヌ=写真中)、そしてコウモリである。オーストラリア大陸にはコウモリがまず渡り、その後にこの順でアジアから渡ってきたと思われる。ネズミは流木に乗って、ヒトはおそらく4万5000年前に何らかの航海手段によって、ディンゴは3000年ほど前にヒトに連れられて、やって来た。
コウモリだけは、地力で渡ってきた。
オーストラリアの広大な空を鳥とともに分け合ったコウモリは、75種にも分化した。
そのコウモリは、さらに遠くニュージーランドにも分布域を広げていた。ところがここからがまたまた生物の面白さなのだが、島という環境に飛び渡ったコウモリの中に、飛翔能力を失い、完全な地上性のものが進化してきたのだ。陸→空→陸という変転を繰り返したコウモリの存在をひょんなことから知って、リブパブリは一驚してしまったのである。
◎「飛べない鳥」王国のニュージーランド
ニュージーランドは、国鳥となっているキーウィのように、飛べない鳥が多いことで知られる。フクロウオウム(カカポ)、タカヘ、それに絶滅したモアなど、みな飛べない鳥だ。
もちろん鳥だから、彼らも元は飛べた。だから南太平洋の果てであるニュージーランドにやって来られたのだ。ところがニュージーランドには、天敵となる哺乳類はいなかった。捕食者がいなければ、翼を維持するのはムダである。翼は退化させ、翼維持に必要だった資源を穴掘り能力の強化など他に回した方が生存確率は高まる。かくて、完全に地上性に変化した何種もの鳥が進化した。それが前述の飛べない鳥なのだ。
◎四つ足で地上を歩くニュージーランドのコウモリ
先輩の鳥が飛べなくなれば、コウモリだってそうなるだろう。ちなみに数行前に「哺乳類はいなかった」と書いたが、これも非海棲の哺乳類では3種の例外がある。コウモリ、ネズミ、ヒト(マオリ族)である。
ネズミは、最初は先史マオリの渡来とともに舟に紛れて入り込んだと考えられたが、それより古い地層でネズミの化石が見つかるので、やはり流木に乗って渡ってきたようである(恐るべし、ネズミの適応力!)。
コウモリは、ここでも地力で飛んできた。そして力尽きたかのように、先輩の鳥と同様に、ここで飛翔能力を失った地上性のコウモリが進化したのである。
それがツギホコウモリ(Mystacina tuberculata)だ。このコウモリは、四つ足で地上を歩く(写真下)。ちなみに地上性のコウモリは、これまで約1100種のうち2種しか知られていないが、ツギホコウモリはその稀少な1種である。
◎2000万年前のオーストラリアに飛べないコウモリ
驚くのは、オーストラリア、クイーンズランド北西部で見つかった2000万年前のコウモリの化石の例である。このコウモリも飛べなかったらしい。昨年7月にある学術的生物学雑誌に載った(Suzanne J Hand et al. Bats that walk: a new evolutionary hypothesis for the terrestrial behaviour of New Zealand's endemic mystacinids. BMC Evolutionary Biology, 20 July 2009 http://www.biomedcentral.com/1471-2148/9/169)。
つまりすでに2000万年前という大昔に(この時、まだ人類は出現していないし、そのはるか祖先の類人猿がやっと進化してきた段階だ)、すでにコウモリの中に飛翔力を失う適応が働いていたのだ。それほど飛翔力の維持には、資源を使うものらしい。
◎リブパブリの指摘にけんもほろろの記者の対応
そして実は、このことを思い出すきっかけになったのは、いささか古いが朝日新聞記事である。今となってはもう旧聞(「新聞」ではなく)に属するが、今年8月21日(土曜日)付の折り込みの土曜特集be on Saturday の6面の「ののちゃんのDO科学」(面の左側)欄でコウモリの解説記事が載っていて、結末に「地上に戻ったコウモリは1種類もない」と書かれていたのだ。
ここまで読まれた方は、これが誤りであることは納得いただけただろう。リブパブリもいささかお節介だが、記事の筆者に電話で間違いだと指摘した。すると、「研究者に聞いたらこう言われた」とけんもほろろの対応であった。不勉強な研究者なら、知らない者だっているだろうに。
決して気分のよい対応ではなかったので、あえて記しておく。ご興味のもたれた方は、この新聞紙面を図書館ででも見ていただきたい。