そのBARは、ツタのからまる一軒家だった。しかも、銀座の一軒家だ!重厚なドアは、一見客を拒絶するかのような、威厳と迫力に満ちている。昔は、会員制で、一般客は入れなかった。しかし今から7、8年前、その「禁」を解き、受け入れるようになったという。
そのBARの名は、「BORDEAUX」(ボルドー)。昭和2年(1927年)の開業。銀座で最古のBAR。禁が解かれたおかげで、僕にも、BORDEAUXでお酒が飲める機会がやってきた。しかし最初は、一人でドアを開ける勇気はなく、以前に訪れたことのある、東京在住の僕の友人が同行してくれた。
一軒家のBARの中は意外と広く、中央部が2階までが吹き抜けになっていた(写真左は、2階から見下ろした1階カウンター辺り)。1階にはスタンディングのカウンターとテーブル席。2階はテーブル席だけ。贅を尽くした内装は、ほぼ開業当時のまま。椅子も机も柱も、磨き抜かれ、輝きを放っている。
店内の公衆電話は、おそらくは何代目かだろうが、それでもいまだに黒いダイヤル式だ。従業員の女性には、戦前のカフェの女給さん(?)のような服装をしてる方がいたりして、ここにいると、まるで、昭和初めにタイムスリップしたような錯覚に陥る(写真右は、1階店内にある暖炉と、その前にあるテーブル席)。
BORDEAUXは、ただ歴史が古いだけではない。歴史を彩る客が、このBARを愛した。戦前、海軍省が築地にあったこともあって、ここを、旧海軍の将官が数多く訪れた。そのなかには、のちの連合艦隊司令長官・山本五十六や、海軍大臣・米内光政といった海軍の重臣もいた。
彼らはよく2人連れで訪れ、2階の奥、隅っこにあるテーブル席の「指定席」(写真左)で、ウイスキーを飲みながら、よく密談していたという。店の方にお願いして、その愛用した「指定席」を見せてもらった。何の変哲もない椅子だが、昭和史を見つめた「証人」でもある。
新参者の僕は、BORDEAUXでは、いつもカウンターで過ごす。そしていつも、あの2階のテーブル席で、山本と米内が日米開戦すべきか否かの議論をたたかわせた姿(山本は開戦に反対だった)を思い浮かべながら、1、2杯飲んで、さっと引き揚げる。心地よい余韻をいっぱいもらって…。
この老舗酒場には、銀座の歴史が詰まった贅沢な時間と空間がある。「BORDEAUXを見ずして、日本のBARの歴史を語るなかれ」と言っても、決して言い過ぎではないだろう。皆さんも、もし機会があれば勇気を出して、その重いドアを押してほしい。
【BORDEAUX】東京都中央区銀座8丁目10-7 電話03-3571-0381 JR新橋駅から徒歩約5分。料金は、はっきり言って少々お高めです。目安は、スタンディングのカウンター席だと、2杯で4千円~5千円くらい。テーブル席だと2杯で6千円~7千円くらいは覚悟を。
【追記2017年1月】大変残念で慚愧に堪えませんが、「BORDEAUX」は2016年12月22日、90年近い歴史に幕を閉じ、建物は取り壊されてしまいました。この歴史的重要文化財のような貴重な店を保存できなかった日本のバー文化の薄っぺらさ、そして東京都の文化行政の貧困を、私は永遠に恨みます。 |
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うらんかんろ
大阪・北新地のオーセンティック・バー「Bar UK」の公式HPです。お酒&カクテル、Bar、そして洋楽(JazzやRock)とピアノ演奏が大好きなマスターのBlogも兼ねて、様々な情報を発信しています。
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Free Space
▼Bar UKでも愛用のBIRDYのグラスタオル。二度拭き不要でピカピカになる優れものです。値段は少々高めですが、値段に見合う価値有りです(Lサイズもありますが、ご家庭ではこのMサイズが使いやすいでしょう)。▼切り絵作家・成田一徹氏にとって「バー空間」と並び終生のテーマだったのは「故郷・神戸」。これはその集大成と言える本です(続編「新・神戸の残り香」もぜひ!)。▼コロナ禍の家飲みには、Bar UKのハウス・ウイスキーでもあるDewar's White Labelはいかが?ハイボールに最も相性が良いウイスキーですよ。▼ワンランク上の家飲みはいかが? Bar UKのおすすめは、”アイラの女王”ボウモア(Bowmore)です。バランスの良さに定評がある、スモーキーなモルト。ぜひストレートかロックでゆっくりと味わってみてください。クールダウンのチェイサー(水)もお忘れなく…。
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