|
カテゴリ:きらきらポストモダン推理
疎外感,寂寥感が底辺に流れていた名作「月の裏側」の主人公・塚崎多聞の短編集を読んだ。
○ストーリー 多聞のフランス人の妻・ジャンヌが家を出てから1年が経った。彼女から多聞に定期的に送られてくるのは,ただの風景写真だった。果たして彼女はどこにいるのか?それとも彼女はもう既にこの世にいないのか? ------------ 冒頭に書いたように,塚崎多聞は別の長編に登場したキャラクターだ。茫洋とした存在感が男性にも女性にも好かれ,思わず自分のことを語りたくなってしまう人物として描かれている。正直,少し憧れてしまう存在だった。 この短編集でも多聞の設定はそのままだ。そのためそれほど積極的に行動をしなくても,自然と事件に巻き込まれ,自然と解決の糸口がつかめてしまう。 誰もがホームズになれるわけではないので,「ワトソン的な存在でありながら,実は名探偵」というのはなかなかそそられる設定だ。だが,説得力,人物の魅力,知力を発揮してみせるタイミングなど,作品として成立させるにはいくつものハードルがある。 恩田陸の塚崎多聞作品は,その条件をクリアしている珍しいシリーズだと思う。 ------------ 恩田陸には関根多佳雄という素人探偵が登場する作品群もある。傑作短編集「象と耳鳴り」を中心に,関根多佳雄あるいはその子どもたちが登場している作品がいくつかある。 関根作品はシリーズとは呼べるほどつながりがないので”作品群”と呼ぶが,この作品群の空気は,今回の多聞を主人公にした作品と共通するところが多い。ただひじょうに残念なことは,関根多佳雄は元検事,彼の子どもたちは若手の検事,弁護士,ないしそのタマゴという,やたら前向きな設定を背負っていることだ。 多聞はなんと初登場の長編で,”あちら側”に行ってしまった経歴がある。その上,中年にさしかかりつつある音楽プロデューサーという設定なので,年令的にも職業的にも,いろいろと動かしやすいキャラクターだというのは,誰もが思うことだろう。 そういう意味で,本来は短編の方が得意ではないか,と思われる恩田陸にとっては,塚崎多聞は貴重なキャラクターで,今後も作品が書かれるのではないかと思う。 ------------ 各編について簡単に述べる。 「木守り男」:知人の放送作家から『コモリ男』という言葉を聞いた多聞は,木の上にしがみついている妖怪のような存在を見る。・・・この作品の中で一番切れ味の悪い短編で,雰囲気でごまかしている気がする。木守り男の存在も,放送作家が関わっていた悪事も,全てあいまいなまま終わっている。”あちら側”もOKな多聞を主人公にした短編だからこそ,この雰囲気もゆるされたのかも知れない。 「悪魔を憐れむ歌」:そのデモテープの歌を聞いた人は死に急いでしまう,そんな噂を追いかけて,ある家を訪ねた多聞が経験した怖ろしいこととは?・・・音楽プロデューサーという多聞の職業を活かしている短編だ。どこまで”あちら側”系のホラーなのか分からない短編なのだが,それが魅力の1つになっている。 「幻影キネマ」:新人ミュージシャンのプロモーションビデオを撮影するクルーに同行した多聞が,ミュージシャンから告白されたのは,彼が映画に関わると,周りの人が死ぬ,という話だった。・・・この短編あたりから,明らかに路線変更があって,物語は”こちら側”で完結するようになったようだ。どうしても内容が薄いので,テレビドラマを観ているような気がしてしまう。 「砂丘ピクニック」:日本の砂丘を訪ねたフランス文学者は,「砂丘が目の前から消えた」と記していた。果たしてその文章は真実なのか?その土地で多聞たちが経験したこととは?・・・不思議な静ひつ感を漂わせた短編だ。多聞と楠巴の推理合戦がピリッと締まっていて素晴らしい。この作品のエッセンスを一番体現している短編ではないだろうか?(「中庭の出来事」の楠巴登場) 「夜明けのガスパール」:夜行列車に乗った多聞たちは,それぞれ体験した怪談話をする。だが多聞が披露した話には彼自身が気付いていなかった重要な秘密が隠れていた。・・・どう書いてもネタバレになりそうなのだが,意外性のある短編だった。間違いなくヒネリは効いていた。(「puzzle」の黒田登場) ------------ さて,実は読んでいる途中で,ひじょうに嫌な気持ちになった。登場人物たちが,大手レコード会社の社員,外交官の娘でエリート官僚,イギリスの貴族の息子,フランスの富豪の娘,と揃いも揃って異常なまでの箔付きの存在だからだ。 考えてみると,恩田陸作品の登場人物って,こういうイバリの効いた存在が多い。別に物語を構築するのに,ここまで片寄った存在を集める必要はないんじゃないだろうか? なんだか恩田陸の歪んだコンプレックスを見てしまったようで,一気に熱が醒める追うな気持ちになった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[きらきらポストモダン推理] カテゴリの最新記事
タリカに社会的エリートおおかったな
(2015.11.22 20:53:12)
|