くじで選ばれた将軍
室町幕府四代将軍足利義持の子である五代将軍義量が急死した後、義持も次の将軍を指名しないまま死去したので、次期の将軍は誰にするかということをめぐり幕閣内で意見が交わされましたが、まとまらないのでなんとくじで次の将軍を決めようということになり選ばれたのが当時出家していた義持の弟の慈円でした。器の高さで将来を期待されていた慈円はその依頼を引き受け六代将軍足利義教と名のることになります。義教は義満時代の強い威厳のある幕府を目指し様々な政策を実施し、失墜していた幕府権威の回復を成し遂げていきます。しかし、その一方で自分と敵対する勢力や反対意見をもつものを次々と粛清し、比叡山も焼き討ちにしたことなどで恐怖政治とも呼ばれることになり、次は自分が粛清される番だと身に危険を感じていた赤松満祐に先のいくさの戦勝祝いだと称され、赤松邸に数人の大名とともに招待された酒宴の席で暗殺されてしまいます。義教は、当時失墜していた将軍の権威を回復させ強い権力基盤を作ったという意味では、後の織田信長なども参考にしたといわれ、政治的な才能には長けていたのではないでしょうか。ただ、ちょっとやりすぎた面もあったため恐怖政治といわれ、そのため暗殺されてしまったのではないでしょうか。何事にも中途半端では効果がないし、やりすぎると周囲からの反感をかう面がありますし、特に政治という面ではその調和は難しいものですね ブログランキングに参加しております。よろしければクリックお願いいたしますm(_ _)m