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カテゴリ:銀の月のものがたり
今まで使われたことはないのだが、ルキアには緑の少女の部屋もきちんと用意してある。
トールは少女を部屋のベッドに寝かせ、その横の小さな椅子に腰かけると、ほっと息をついた。 なんだかたくさんのことが一度に起こっていて、何から手をつけるべきかと思ってしまう。 デセルとデセルの本体、そしてあの時代の魂であるデュークが、培養槽に封じられていたグラディウスの魂を助け出してくれていた。 今はひどく冷たい氷点下の白い光として、マリアの手で保管されている。 その統合にすぐ移れなかったのは、グラディウスの生を選んだ理由の生について、同時に怒涛のように情報が再生されていたからだった。 人の心をなくした、血にまみれた殺人兵器であったグラディウス。 生まれる前に、なぜ彼という人生を選んだのか、その理由を今のトールと本体は知っていた。 それは贖罪のために。 思えば不思議であったのだ。アトランティスなどを含め、ほとんどの過去生で彼(彼女)は実験体にされたり魔女として迫害されたり、言わばろくな人生を送っていない。 なぜいつも被害を「受ける側」であるのか。 どこかできっと、「与える側」であった大きなカルマの人生が出てくるに違いないと、思ってはいた。 そのひとつがグラディウスでもあるわけだが・・・・・・さらに根っこになった古い古い時代の生をも、彼らは見つけていた。 同時にその生は、トールと少女との関わりにおける、そもそもの始めの物語であるのかもしれない。 その物語を知ることは、大きな喜びであり、同時に恐怖でもあった。 のちに贖罪としてグラディウスを選んだ理由、古い古い、彼のおそらく根源の罪を、直視しなければならないから。 その強烈なイメージが否応なしになだれ込んで来ていたため、それで手一杯になってしまっていたのだが、このままでは、身を挺してグラディウスの心を探してくれたデセル達に申し訳がたたない。 椅子の背もたれによりかかり、トールはため息をついた。 そういえば、昨日は緑の少女の本体の本が出版された日だ。 朝一番にトールの本体の家にも届いたのだったが、まだちゃんとお祝いすら言えていない。 彼もデセルと色々仕掛けをしたりして、出版を楽しみにしていた本であったのに。 ・・・・・お祝い? そこまで考えて、はたと気づいた。 まるで実際の本の出版に合わせたようにやってきたこのあれこれは、もしや手の込んだ「お祝い」であったのだろうか? (そうですよ。気づきましたか?) 笑いながらコンタクトしてきたのはラファエルだった。 (最初は直接会わせようとしたのですけどねえ。それは拒否されてしまいましたから) 声はくすくすと笑っている。 そういえばアメリカに住んでいる少女の本体は、ちょうど出版の頃にあわせて「日本に来なければならない」事態に陥っていたらしい。家族のために断ったが、と言っていた。 それで次善の策、なのだろうか。 確かにグラディウスやら大きな罪の記憶やら、手前に立ちはだかる重たいものを通り抜ければ、そこにあるのは特大のプレゼント・・・・・・だろう。 (それに強くなりたいと言っていたでしょ。あなたはすでに彼を経験しているのだから、訓練するより彼を統合したほうがずっと早いですよ) ラファエルの言うとおりだった。 今ここの時間軸で戦闘訓練に何時間、何日かけようとも、いわば一生をそれで過ごしたグラディウスの経験には比べるべくもない。 まして緑の少女に並ぶ実力を持っていると思われるのだから、彼を統合してしまうのが、一番の早道ではあった。 トールは絶句した。 気づいてみればなんという複合的で複雑でまったくもって無駄のない、「上」式の愛情いっぱいのプレゼントであることか。 さらに、奥に指し示されたさらなる意味にも気づいて唖然とする。 「今訓練するより彼を統合したほうがずっと早い」。それはつまり、今の自分にとってグラディウスを経験した直接的な意味がある、ということだ。 冷酷な血まみれの戦士であった自分を卑下したり拒否するのではなく、今必要な部分である、だから選んだのだ、とポジティブに言い切れるということ。 くくっ、思わずトールは笑いをかみ殺した。 なんという・・・・・なんという幾何学的な無駄のなさ。 「上」はよほど盛大に祝いたいのだな、と彼は思った。 (・・・・・・グラディウス) 椅子から立ち上がって、トールは心に呼びかけた。マリアに繋がる彼もまた巫女質なのであり、呼び声は魔法となって魂が召喚される。 本体はグラディウス、という名前自体をどうしても覚えられずにいたが、それは呼ばれたくなかったからなのだろう。 (グラディウス) 二度目の呼びかけで、白い冷たい光が目前に現れた。横に眠る少女を起こさないようにしながら、トールは彼に手を伸ばした。 (今の僕には、君が必要だ) (・・・・・・必要?) 光が広がってぼんやりとした人型になり、半眼になっていた瞳が開く。それは今のトールの瞳よりも、わずかに蒼の強い色をしていた。 (そう。僕は彼女を護りたい。そのために、君の知識と経験と実力が必要だ) (俺は・・・・・・) (それを選んで、僕は君に『なった』んだ、グラディウス) だからおいで。 君のすべてを、そうであることを僕は望んだのだから。 伸ばしたトールの指の先に、グラディウスのそれが重なった。一瞬、まばゆい光が部屋に満ちる。初雪のような余韻を残して、白い光は消えていった。 二人は一人になり、ほんのかすかに色の変わった瞳で、トールは眠る少女を見やった。 起こさなかったようでほっとする。 するとまるで次の一歩だというように、はじまりの物語が彼の脳裏によみがえってきていた。 それは、はるかはるか昔の、傷を負った天使たちのものがたり。 ************* この【銀の月のものがたり】シリーズはimagesカテゴリでお読みいただけます。 →→登場人物紹介(随時更新) 書くのが忙しくてお返事できず申し訳ないのですが、ご感想くださるととっても幸せ♪ くださった皆様ありがとうございます~~~~~感涙です>< よろしくお願いいたします! 応援してくださってありがとうございます♪→ ※おかげさまで無事?自宅に戻りました~ 楽しみにしていたお泊りは、なんの強化合宿ですか、って感じでしたが orz いや楽しかったですけど!! メールがすごくたまっちゃってて、お時間かかるかもですが じわじわお返事させていただきますのでしばしお待ちくださいませ m(_ _)m お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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