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カテゴリ:銀の月のものがたり
神殿での訓練は、週に一、二日の割合だった。
しかし二人とも働いているから、それでもなかなか確保が難しい。 盛夏の大祭へむけて、それほど長い準備期間があるわけでもなく。訓練の合間、家でできる自習の方法として自己催眠(セルフヒプノ)をやってみることになった。 「リンは、催眠についてどれくらい知っている?」 「さあ……テレビで見たことがあるくらいだわ。ステージでなんか変なことをしてるの。催眠って、皆ああいうふうに自分の意識がなくなって操られてしまうの?」 首をかしげた彼女に、アルディアスは笑った。 「いいや、催眠中は意識がちゃんとあるよ……最中がどんなふうかを教えてあげよう。これから5を数える間、目をつぶっててごらん?」 「? ええ」 「1、2、3、4、5、……さあ、目を開けて。どうだい? 今のが催眠状態と一緒」 ぱちりと目を開いたリフィアは、嘘、と首を振った。 「だって全然……普通よ? 意識あるし、何やってるかわかってるし」 「そうだよ。自分がどこにいて何をしているか、ちゃんとわかる。周りの音も聞こえているし、いつもと変わらないんだ。ただ違うのは、潜在意識にアクセスできるかどうかだけの差だよ」 潜在意識はインプットしたものを自動的に実現に向かわせるから、なりたい自分をイメージしたり、暗示を与えて潜在意識にインプットできれば効率がいい。 テレビや舞台に出るような人は、最初からああいう派手なアクションをしたくてカメラの前に立つ。だからこそ催眠にかかるのであり、すべての催眠は自分でかかりたくてかかった「自己催眠」なのだ。 自分の意識ですべて検閲が入るから、嫌がっていることを強制されるようなことはない。 そう説明されて、リフィアはふうんと納得した。 だいたい彼が自分の嫌がることをするとはとても思えないし、それだったら好奇心が勝ってくる。 「じゃあね、寝てもいいし椅子に座ってもいいから、楽な姿勢で……。深い呼吸をして、できるだけリラックスして」 アルディアスの言葉に、リフィアは椅子の背によりかかってゆったりと座ってみた。身体に何もかかっていないとちょっと不安な気がして、タオルケットをかけてもらう。 「自分の手のひらをね、額の前二十センチくらいのところにかざして。自分の手と額が磁石になったようにイメージしてみて? すると、手が吸い寄せられて額にくっつくだろう。 額に手が触れたと同時に目が閉じて、手がパタンとひざに落ちる。頭が前にたれさがり、君は深い催眠に入ってゆくよ」 「……くっつかないわ」 リフィアは自分の手を睨んで言った。子供のような表情に、ぷっと吹き出してアルディアスが言う。 「そういう時はね、待ってないで自分で行動を起こすのさ……でもそうだね、やりにくいなら、こうしてみようか。立ってごらん?」 手を下ろし、椅子から立ち上がったリフィアの後ろに立つと、アルディアスは腕を広げて言った。 「自己を自分にゆだねる感覚がわからないのだろうからね。背面ダイブするつもりで、このまま後ろ向きに飛び込んでごらん。大丈夫、絶対受け止めるから」 そして、目を閉じて飛び込むと同時に君の意識はぐっと沈み込み、深い催眠に入ってゆくよ。 穏やかな声にリフィアは一度深呼吸すると、言われたとおりにえいっと背後に倒れこんだ。大きな腕にがっしり受け止められる安心感と一緒に、そのままぐうっと意識が深海に潜ってゆくような気がする。 細い身体をベッドに横たえてタオルケットをかけ、アルディアスは誘導を続けた。 「さあ、まぶたがとても重くてもう開けられない。そう自分に言い聞かせて。そしてね、実際に自分で開けようとしても開けられない状態にして……自分自身に、『すでに自分は催眠状態に入っている』ということを確認させるんだよ」 リフィアは目を開けようとしてみた。実際には自分で開けないようにしながらなのだが、うん、開かない。やっぱり催眠に入っているんだわ、と彼女は思った。 「ではね。次にさらに深い催眠に入るために、数を5から0まで数えよう。『数をひとつ数えるたびに、自分はもっと深く入っていく』と自分自身に暗示をかけてね」 「たとえばこんなふうだ……5、深く入ってゆくよ。4、もっと深く……。3、さらに深いところへ……2、とても深い。1、次の数を言うと、私の潜在意識へとアクセスできる場所へと入る。……0」 彼の言葉を口の中でなぞってゆくうちに、リフィアは自分がどんどんと深く蒼い海の底へ入ってゆく気がした。 しかし苦しくはなく、ゆったりと意識が広がるようで気持ちがいい。 身体に沿わせてのばした両腕の掌は、シーツの側に伏せてある。 「今度は手を胸の前で組んでみて……。脱力してて難しいかい? ではね、そのまま手を意識して… そう。ここでもう一度自分の身体に、自分が深い催眠状態に入っていることを確認させよう。『手はシーツにしっかりくっついてしまって、もう裏返すことができない』と自分に言いながら、裏返そうとしてごらん。もう離れないよ」 「そう、上手だ……離れないことを自分に確認させたら今度はね、『ゆるむと言うと指は手はシーツを離れて簡単に裏返り、さらに百倍も深く入る』と自分に言って。そして、実際に『ゆるむ』と言って手を離れさせてごらん」 「ゆるむ」 小さく唱えると、吸盤でもついているかのようにシーツに吸いつき、力を入れても動かなかった手のひらがするりと離れた。同時に、意識がさらにさらに深いところへと潜ってゆく。 「そうだ。もう君は深い催眠状態に入っているよ……自分自身が拒否していない限り、この段階で誰でもがもう、自分の潜在意識とアクセスしている」 ここで、自分のなりたい自分をイメージしたり、潜在意識にインプットしたりすればいい。 コツは、なるべく鮮明に、できれば動く映像として思い浮かべて、五感をフルに使って感じること。 「リンの場合は、とりあえずパイプを広げることが先決だから……身体の中のエネルギーラインが、どんどんきれいになって広がってゆくよ。 その広さは大祭でも十分なほどだ……君は自然な心地いい状態で、エネルギーは無理なく広がっている」 「……アルディ、うまく感じられないわ。ちょっと怖いの」 マイナスイメージが出てきたらしく、リフィアがわずかに眉根を寄せる。アルディアスは慌てずに、落ちついた声音で続けた。 「大丈夫、マイナスの想念を怖がる必要はないよ。勝手に出させておけばいい。それでも邪魔するようなら、『さてはヒプノで消されるのが怖いんだろう』と図星を指してごらん。消えるから」 「まあ、本当だわ」 「だろう? 何も怖がる必要はないんだよ。……神事は大成功で、君はたくさんの人から賞賛される。奥院から戻ると、多くの拍手と笑顔に囲まれる。君は安堵を感じ、そして誇らしい気持ちになる。その気持ちや感覚をじっくりと味わって……」 「十分に味わったら、日常の生活に戻ってこよう。『私は5つ数えると、とてもいい気分で戻ってくる』と自分に言い聞かせて。いいかい、1、戻っていくよ……2、だんだん意識がはっきりしてくる。3、意識がはっきりしてきている。4、次の数を言うと、とてもいい気分で目が覚める……5、目がぱっちり覚めて気分爽快。どうだい?」 開かれた二つのペリドットに向かって、藍色の瞳が微笑みかける。 「ええ、気分爽快」 「それはよかった。今回は戻ってきたけれど、深い催眠状態に入って、そのまま眠ってしまってもいいんだよ」 「そうなの。気持ちよかったわ」 リフィアは大きく伸びをした。芯までリラックスしたからか、とても気分がいい。 「そうだろう。この手法は応用がいくらでも効く……健康、美容、人間関係、仕事のこと……なんでもね。慣れるとどんどん早く催眠状態に入れるようになるから、できれば毎日やってみるといいよ」 ちゃんとできてるかどうかなんて悩む必要はないから、潜在意識と繋がることを意図して、とりあえず繰り返してみて、と彼は言った。 「背面ダイブはどうしたらいいの?」 「あれが気に入ったなら、ベッドに座ってからやってみたらいい。そのうち慣れてくれば、実際に身体を動かさなくてもその感覚だけで、スイッチとして潜在意識にダイブできるようになるよ」 それからね、最後にコツをいくつか。 「病気を扱う場合なんかは、病名は暗示に入れないほうがいい。そちらに強くフォーカスしてしまうこともあるから。そして、『治った』といっても潜在意識は現実を知っているから、『治ってないじゃないか』と反発されることもある」 だからね、『どんどん治っている』と現在進行形にして、しかもその様子を映像で思い浮かべるんだ。治っているところを。そうすると潜在意識は、その姿を現実だと思い込んで、その通りにしようとする。 そして、なりたい自分を思い浮かべるとき、「こうなりたい」と暗示してはいけない。 なぜかって? 潜在意識は時間の観念がなくて、過去も未来も現在もわからない。「こうなりたいと思っている自分の姿」を望みだと思って叶えてしまうからだよ。望みがきちんと叶えられた結果、三年たっても「こうなりたいと願っている自分」でいることになってしまう。 「まあ……それは、嫌だわ」 「だろう。だからね、すでにそうなっている自分、叶っている姿、あるいはどんどんと叶っている状態、を映像として暗示にするんだよ。それがポイント。あとは……『努力』や『頑張る』も使わないこと。潜在意識はそういう言葉が嫌いらしくて、そっぽを向かれてしまうからね」 自分の潜在意識と仲良くなれるといいね、とアルディアスは笑った。 ------- ◆【銀の月のものがたり】 道案内 ◆【第二部 陽の雫】 目次 春分前後のがっつり毒だし、いろいろ来てますが皆様お元気ですか~ 爆 うちももう、ええ(遠い目 ですが予告しました、「セルフヒプノのススメ」が書けましたのでお届けいたします~ 今回も地球人にも使えます、というか だいたいこんな感じ、っていうイメージはあっても細かい技法的なところはなかなか詳細にDLは難しいので(私は)、 尊敬する宇宙一のヒプノマン、ポール・マッシロートニーさん(http://mixi.jp/show_friend.pl?id=3657231)に、地球人向けの監修をお願いいたしました 笑 ポールさんにもばっちりOK!いただいておりますので、どうぞ安心してお試しくださいね。 私も、車の教習行くのに、昨今のおたふく騒ぎで初回と2回目の路上教習の間が2~3週間開いちゃったりとか怖いことになってますが セルフヒプノで「楽しく落ち着いて運転する」イメージを作って乗り切ってます。 効きますwww 最初ちょっとややこしいかもしれませんが、慣れるととても簡単で効果のある手段なので 必要な方々に広まっていくと嬉しいな~と思います^^ ポールさん、ご協力どうもありがとうございました♪♪ そしてセルフヒプノについてご質問くださっていたマイミク様、遅くなってごめんなさいでした。汗 拍手がわりに→ webコンテンツ・ファンタジー小説部門に登録してみました♪→ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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