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2011年04月14日
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グラディウスを麾下に迎えて数ヶ月。
戦略執務室のデスクで、琥珀の髪の司令官はため息をついた。
手元には何枚ものの書類。すべて、戦闘員の貸与やチーム異動の許可を求めるものである。

デュークの元についてから、グラディウスの戦績は当初予測されていたレベルにまで順調に上がってきていた。
元々彼は施設選り抜きのトップ10に常連で入っていたが、最近は上位五人にも漏れることがない。当然、チームとしての勝率や生還率も群を抜いて高くなっていた。

今まで誰も使いこなせなかった剣を使える者がいた。

ならば自分にも使えるはずだ、そう浅はかに考える者が多いのだろう。

厄介な…、とデュークは呟き、しばらくは手放す気はないというアピールをすることに決めた。施設内に流れている噂を自ら煽ることになるが、仕方がない。


「グラディウス。今夜、部屋に来い」

すれ違いざま、周囲に聞こえるような声で言われたのは作戦から帰還した翌日。
グラディウスはちらりと視線を投げてため息をついた。

(こいつもか)

感情の振り幅の大きい者ならば、幻滅、と呼んでいい気分だろう。
担当になった司令官に夜寝室に呼ばれるのは初めてではない……いや正確に言うと、これまでは全員そうだった。
暗殺部にいた頃も、戦闘員に転籍してからも、上司が代わるたびに、あるいは代わらなくても何度も。

心のどこかで、この男は違うと思っていたようだ。
帰還を至上命令に据えるような変わり者。信じていた……のに?

思いもかけない思考が脳裏をよぎり、自室へ向かって歩きながらグラディウスは思わず目をしばたたいた。
この施設で育って二十年。そんな単語が自分の中から出てくるとは思っていなかったから。

しかし司令官の命令に逆らうことは許されない。
夜更けにデュークの私室へ向かうと、応接室に通された。単身寮と言うべき戦闘員の部屋と違って、司令官の部屋はそれなりに豪華である。

ソファとローテーブル、琥珀の髪の長身が開けた壁の扉から、簡単なバーカウンターが現れた。
カンパリとトニックウォーターで同じ飲み物を二つ作り、片方をグラディウスに差し出す。

「私はまだ仕事だから酒は控えておく。お前は適当に時間を潰してくれ」

うっすらと色のついたロングドリンクがカウンターに置かれる。しかしグラディウスの手は受け取るのを躊躇し、紅い瞳は出方を探るようにじっと司令官を見つめた。

それは戦闘員には珍しい反応ではない。モルモットのように新薬の実験台にされてきた彼らが、身体で覚えてきた法則だ。
デュークは手にあるグラスを先に一口飲むと、そちらをグラディウスに渡した。

「カウンター内の物は勝手にしていいぞ」

もうひとつのグラスを手に、さっさと机に向かう。
残されたグラディウスは無言のままでその姿を見ていた。

司令官殿はとくに色目を使うでもなく、仕事に精励しているらしい。
部屋の中は静かで、聞こえるのはペンや端末を使う音と書類をめくる音、それに時々グラスの中身が減ってゆく音。氷のはじける高いかすかな音まで聞こえそうだった。

グラディウスはカウンターの椅子に腰かけ、何をするでもなく片肘をついて執務机につく人を眺めていた。かきあげた長い銀髪が無造作に背に流れている。

警戒する気には、なんとなくなれなかった。

渡されたグラスの中身はわずかにスピリッツの香りがするが、ほとんどソフトドリンクといっていい。
この後が存在するのかしないのか、判断しがたい状況ではある。だがあるならばそれだけのことだし、何よりグラディウスの経験は、司令官の様子が色事とは無縁の思惑を宿していると囁いていた。

互いに静寂の時間を過ごしてグラスが空になる頃、デュークがつと顔をあげた。視線の先の時計は、グラディウスの入室から小一時間が経ったことを示している。
そのまま視線をカウンターに投げると、彼は立ち上がった。

「お前、もう戻っていいぞ。お休み」

手でドアを指し示し、そしてまた何事もなかったように仕事に戻る。
デュークの意図が予想通りだったと知ったグラディウスは、くっと喉の奥を鳴らした。

(……面白い奴)

変わり者はやはり変わり者。
その評価にひどく満足して、グラディウスは王蛇の私室を後にしたのだった。



そして数日後。

今度は通路でこちらへ来いと呼び止められた。背後から近づいてくる数人の気配があるということは、アピールしたい先は彼らか。

案の定デュークは銀髪の男を壁際に立たせると、彼らが近づいてくる側の肘を壁につけ、ぎりぎりまで顔を寄せてきた。
その黄緑の瞳はまっすぐにグラディウスを射抜いている。
そこにある光は、信頼。

 お前を真剣に信頼している。

その眼はそう語っていた。
グラディウスは唇の端をかすかに上げると、片腕を伸ばして指先を司令殿の琥珀の髪にからめた。
耳元に口を寄せるようにして囁く。

(phase) : 例の新しいことを始めたようだぞ。

それは戦場で得たばかりの新情報だった。最前線でなくてはわからない、司令官達が欲しがっているもの。
当意を得たグラディウスの反応にニヤリと笑い、近づいてくる足音に肝心な部分がちょうど隠れるよう、デュークは顔と腕の角度を変えた。

(presto?) : 変化は早く進みそうか?

(ne,largo…) : そうでもないな。幅広いが……

二人が使っているのは隠語だった。情報伝達を素早く行うために使われ、各チームごとに一種の訛りがあって他人にはほとんど意味がわからない。
今使っているのも、チーム内、というより二人の間だけで通じる隠語だった。

通路の反対側からも複数人の気配を感じて、話しながらグラディウスはすっと身体を入れ替えた。
今度は片側を戦闘で鍛えられた逞しい腕、もう片方は流れる長い銀髪が二人ともの横顔を隠す。

(decres.) : 徐々に衰退するだろうよ。成就はしまい。

顔を傾け、ぎりぎりの場所で囁いた。

最前線で彼は、かねてよりチェックされていた事象が敵方で開始されたことを実際に目にしてきた。
しかしそれには無理があり長続きするものではないと、グラディウスの長年の経験は感じている。

その評価にデュークは黄緑色の目を細め、片手で銀髪を梳くふりをした。

二人の様子を好き勝手に解釈した輩が、好奇の視線を投げ口々小声に言い合いながら去ってゆく。
振り返り振り返りする彼らの期待を裏切らないようなタイミングを見計らうと、二人はニヤリと目線を交わした。

「しかし油断はするな。だな?」

デュークの潜めた声。グラディウスがかすかに頷き、二人は身体を離す。
そのまま彼らは背を向け、無機質な通路をまた歩き出した。




















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【銀の月のものがたり】 道案内

【外伝 目次】


当時、グラディウス20歳くらい、デュークさんは22歳くらいです。
その後死ぬまでの十年、こういう擬態は時折あったらしい。


おまけw
個人的にグラディウスなテーマ曲。「inner universe」
http://www.youtube.com/watch?v=aqGaOsfmQLU
上記アドレスに歌詞と和訳も載ってます。



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最終更新日  2011年04月14日 10時43分21秒
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