カテゴリ:書評・読書メモ
足立巻一「虹滅記」
1982年刊 『やちまた』出版後、一通の手紙が届く。 「あなたは故足立敬亭先生の孫ではないだろうか?」 敬亭先生に漢詩文を教えてもらったという人からだった。 はたして、敬亭先生・・・足立さんの祖父でした。 そして、敬亭先生・・漢詩文のみに没頭する学者タイプで、 生活力はまるでありませんでした。 祖父・敬亭を辿るため、故地・長崎をたずねるが、敬亭の悲運な出生や生い立ち にまつわるどれも暗いものばかりだった。 ところが、のちに知ったことは、 敬亭は、その息子・菰川、つまり足立さんの父が遺した 『鎖国時代の長崎』という書物の完成をライフワークとしていたことでした。 ・・が、数十年かけたものの、出版を果たせず(>_<) 33歳で亡くなった息子の死をこう表現します。 「著者俄かに虹滅し去る」 二人の凡愚・・市井の人々の生涯を哀れに思う足立さんの気持が伝わってくる文章でした。 とはいえ、 生活力のまるでなかったはずの敬亭先生・・ カワセミという女性を3年がかりで落とした経緯を赤裸々に書いた秘著・・日記?を残しました お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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お世話になります。とても良い記事ですね。
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(2013.04.26 18:02:11)
足立敬亭先生が逝去したことを知って悲しみ称え詠んだ漢詩が見つかりましたので紹介したいとおもいましたが、機種依存文字が含まれているために投稿できませんでした。
一人飛ぶ独鳥が雲を従えて飛び去ったが、残した漢詩の数は山のようで敬亭山をなしている このような漢詩 詠ったのは翰山ですが雅号を使わず敢えて末廣(後進末廣と書いている)としています。 敬意の表れに違いありません。 (2022.03.04 10:28:44) |
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