どん底・・・『一つ』が書けない小学生?
ヤフーのネット配信ニュースを見ていたら、
『一つ』が書けない
小学2年生が
約3割いると報じている。
また、
「実り」を
「みのり」と答えられなかった
小学4年生と、
「末は外交官に」の
「末」を
「すえ」と読めなかった
小学5年生がそれぞれ
4割に達するらしい。
子供の
『漢字習得度』なんて
問題になりそうだ。
では、
次の文章の
カタカナを
漢字にしていただきたい。
「
カンカマジゆる
イクセイソウ ナナタビカサなる
カンジョウの いさおの
カゲに
ナミダあり ああ
イマは
ナき
モノノフの
ワラって
チったその
ココロ」
私は
旧日本社会党シンパの
自称社会主義者である。
でも
軍歌が非常に
好きだった。
だから
『皇室が好きな社会主義者』って
自分では言っている。
左右両派から
非難されそうであるが・・・
コレは、
その中でも
一番お気に入りの
軍歌『加藤隼戦闘隊(かとうはやぶさせんとうたい)』の
サビの部分である。
唱の途中、
台詞の独白になる
コノ部分は、
聴いていて非常に気持ちが良い。
でも
何を言っているのか良く判らなかった。
「干戈交ゆる幾星霜 七度重なる感状の いさおの蔭に涙あり あゝ今は亡き武士の 笑って散ったその心」
と書くらしい。
まあ、
漢字で書いた処で、
今一つ、良く判らないが・・・
では・・・
『加藤隼戦闘隊』の
最後の歌詞。
下線の部分を
読んでいただきたい。
「世界に誇る荒鷲の 翼のばせし幾千里 輝く伝統受けつぎて 新たに興す大アジア われらは
皇軍戦闘隊」
私が就職した
20数年前には、
スナックのカラオケで
『軍歌』を気持ち良く歌う50代のオッサンが
よく居た。
画面に、
この『歌詞』が出ると、
彼らは決まって・・・
「・・・われらは
『こうぐん』せんとうたい」
なんて
歌っていたのである。
「・・・われらは
『すめらぎ』せんとうたい」
が
正しい。
多分、
スナックのカラオケなんかで軍歌を歌うようなオッサンは、
与謝野晶子の
『君死にたもう事なかれ』なんて知らないんだろう。
この詩の中には
、『天皇(すめらみこと)は御自らは・・』って
キッチリ書いてあるのに。
そして・・・
私が就職して
最初に配属された課の
課長補佐。
「国境(こっきょう)の長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった・・・」
なんて私が言ったら、
「日本に国境(こっきょう)が在る訳ないだろう」
って
叱られた。
初めは
冗談だと思っていたが、
『眼』がマジだった。
川端康成の
『雪国』冒頭部分である。
『国境』は、確かに
『こっきょう』と読むが、
『くにざかい』の意味である。
課長補佐氏は、かつて日本国は、
『越前』『越中』『越後』なんて
幾つかの『くに』に分かれていたことすら知らなかったのだろうか。
そして
『草いきれ(くさいきれ)』に
『浅葱色(あさぎいろ)』や
『鶯色(うぐいすいろ)』・・・
「『鶯色(うぐいすいろ)』の画用紙を!」なんて
教職員免許を持った人が言う。
『キレイな薄緑色』の『色紙』しかなかったので、
「無いみたいですね」って言ったら、
「その色です」って
指差す。
確かに、
その『色紙』には
『鶯色(うぐいすいろ)』って
書いてあった。
でも・・・
『鶯』の色だから、
本当は
『灰色がかった緑褐色』の筈である。
『鶯』の羽の色は、決して
『キレイな薄緑色』じゃなく
『汚い褐色』なのだ。
何でこんなことになってしまったんだ?
文部省(文部科学省)が検閲?している教科書なんか使っているから、
日本古来の言葉が消えてしまった。
そして
『教養の欠片』さえもない周辺の大人達。
『馬鹿の一つ覚え』のように
『漢字』と『よみ』を
機械的に覚えさせる教育。
私は
教科書で漢字を覚えた記憶がない。
ガキの頃から『本』を読んでいると
『漢字』なんて自然に覚えるのだ。
その
『漢字』=『言葉』が使われている情景と
一緒に。
そして、
『書物』は、
一番最初の『難しい漢字』には、
『ルビ』が振ってある。
二度目以降の同じ漢字には
『ルビ』はない。
だから、
ナントナク読めるようになる。
小学生の『漢字博士』でもあるまいし。
『漢字』の
読み書き云々よりも
大事なことがあるんじゃないか?
日本古来からの『美しい言葉』
一度失われた『言葉』なんて、
二度と戻らないのだから。