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ポンコツ山のタヌキの便り

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2015年08月06日
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カテゴリ:読書
     hibana

又吉直樹『火花』(文藝春秋、2015年3月)が芥川賞を受賞し、大変な評判なので購入して読んでみました。

 あらすじを把握したり、興味深い表現などをチェックするために付箋を貼り付けていましたら、大半の頁に付箋を貼り付けてしまい、ほとんど付箋の役割が果たせなくなってしまいました。こんな体験は久しぶりです。視点人物の「僕」(徳永)と彼が尊敬する神谷という若手お笑い芸人の「世界の常識を覆すような漫才をやる」ことへのあくなき探究を描いた青春小説の内容が私にとってとても新鮮であり濃密だったからだと思います。

 この小説は花火の場面で始まり、花火の場面で終わります。最初の花火は「僕」たち「スパークス」や神谷たち「あほんだら」のコンビの姿や声を矮小なものにして無残に圧倒する爆音と夜一面を覆って花開くものとして描かれ、ラスト近くには大手スポンサー名とともに次々と打ち上げられる壮大な花火に混じって「ちえちゃん、いつもありがとう、結婚しよう」のメッセージとともにとても地味な打ち上げ花火が描かれます。このラスト近くの地味な花火に見物の観客たちの反応が次のように描かれ、私に強烈な印象を残しました。「しかし、次の瞬間、僕たちの耳に聞こえてきたのは、今までと比較にならないほどの万雷の拍手と歓声だった」とあり、「僕」も神谷さんも共感の拍手を激しく送り、「これが、人間やで」とつぶやいています。

 しかし、この小説の題名は「花火」ではなく「火花」です。次々と生み出されるお笑い芸人たちと競争の火花を散らす姿や、「僕」と神谷が交す日常的な会話でさえも白刃を交え火花を散らす姿が描かれています。

 神谷「お前は父親になんて呼ばれてたん」
 「僕」「お父さん」
 神谷「もう一度聞くけど、お父さんになんと呼ばれてたん」
 「僕」「オール・ユー・二ード・イズ・ラブです」
 神谷「お前は親父さんをなんて呼んでんの?」
 「僕」「限界集落」
 神谷「お母さん、お前のことなんて呼ぶねん?」
 「僕」「誰に似たんや」
 神谷「お前はお母さんを、なんて呼ぶねん?」
 「僕」「誰に似たんやろな」
 神谷「会話になってもうとるやんけ」

 あきまへんな、「僕」のボケは無理やりひねり出した人工的なもんから息が続かずにほんまに日常会話に堕してしまってますがな。せやけど神谷が「会話になってもうとるやんけ」と鋭いツッコミを入れるさかい、「僕」のしょうもないボケもボケとしてなんやしらん笑えますから笑いって不思議なもんでんな。

 それに比較して、「僕」が神谷と秋の世田谷公園を歩いていて、他の楓が色づいているのに一本だけ緑を残した楓を見て「僕」が「師匠、この楓だけ葉が緑ですよ」といったとき、神谷は凄い笑いの冴えを発揮しています。

 神谷「新人のおっちゃんが塗り忘れたんやろな」
 僕「神様にそういう部署あるんですか」
 神谷「違う。作業着のおっちゃん。片方の靴下に穴開いたままの、前歯が欠けてるおっちゃんや」

 そして神谷は「僕」の欠点は綺麗なファンタジーになるところにある批判し、「楓に色を塗るのは、片方の靴下に穴開いたままの、前歯が一本欠けたおっちゃんや。娘が吹奏楽の強い私立に行きたい言うから、汗水たらして働いてるけど、娘から臭いと毛嫌いされてるおっちゃんや」とファンタジーから遠く離れた猥雑な世界に笑いを着地させます。うーん、見事ですね。

 お笑いを提供する商品として大量生産、大量消費され、自然淘汰されていく芸人のあり方に「僕」も神谷も肯定的です。神谷は言います。「漫才はな、一人では出来ひんねん。二人以上じゃないと出来ひんねん。もし世界に漫才師が自分だけやったら、こんなにも頑張ったかなと思う時あんねん。そいつ等がやってないこととか、そいつ等の続きとかを俺達は考えてこれたわけやろ? ほんなら、もう共同作業みたいなもんやん。同世代で売れるのは一握りかもしれへん。でも、周りと比較されて独自のものを生み出したり、淘汰されたりするわけやろ。この壮大な大会には勝ち負けがちゃんとある。だから面白いねん。でもな、淘汰された奴らの存在って、絶対に無駄じゃないねん。」

 神谷は「僕」と日常会話のなかで白刃を交えているときは、凄い腕前を見せるのですが、舞台ではさっぱり人気を得られないようです。その理由がつぎのエピソードから何となく分かるような気がします。泣き止まない赤ちゃんに対し、「恩人の墓石に止まる蠅二匹」「俺蠅きみはコオロギあれは海」「蠅共の対極に居るパリジェンヌ」「母親のお土産メロン蠅だらけ」と蠅川柳を語り続けるのです。

 「僕」が赤ちゃんに「いないないばあ」と定番の言葉を発しても泣き止まないことに対し、神谷は「あれは面白くない」と切って捨てるのですが、こんな誰であろうと一切ぶれずに自分のスタイルを全うする神谷に「僕」は自分の軽さを感じるのでした。

 神谷は面白いことのためなら暴力的な発言も性的な発言も辞さない覚悟を持っていました。そんな神谷が追い求める面白いものとは次のようなものだと「僕」は推測します。「神谷さんが未だ発表していない言葉だ。未だ表現していない想像だ。つまりは神谷さんの才能を凌駕したもののみだ。この人は、毎秒おのれの範疇を越えようとして挑み続けている」。

「僕」はこんな神谷さんから計り知れぬ影響を得ながらも、独りよがりでなく目の前のお客さんを笑わせたいと思うようになり、少しづつではありますが人気を得ていきます。

 しかし、相方の山下が同棲している彼女のお腹の中に双子の赤ちゃんがいることが判明し、「スパークス」のコンビを解消たいと告げられた時、「僕」自身も芸人を辞めて別の人生を歩むことを決断します。

 そして「スパークス」解散ライブで素晴らしい芸を披露します。「僕」が口上として「世界の常識を覆すような漫才をやるために、この道に入りました。僕達が覆せたのは、努力は必ず報われる、という素敵な言葉だけです」と切り出し、相方が「あかんがな!」とツッコミを入れるところから始まります。そして「僕」が「あえて反対のことを言おうと宣言した上で、思っていることと逆のことを全力で言おう」と提案し、「お前は、ほんまに漫才が上手いな」から開始して、「一切嚙まへんし、声も顔もいいし、実家も金持ちやし、最高やな!」と言った調子で観客に今回の漫才の趣旨を充分に伝え、その後つぎつぎと大きな声で唾を散らしながら逆説的な表現で思いを吐き出していきます。

 「僕を嫌いな人達、笑わせてあげられなくてごめんなさい」「ほんで、客! お前等ほんまに賢いな! こんな売れてて将来性のあるライブに一切金払わんと連日通いやがって」「お前等、ほんまに賢いわ。おかげで、毎日苦痛やったぞ。ボケ!」「僕の夢は子供の頃から漫才師じゃなかったんです。絶対に漫才師になんて、ならんとこうと思ってたんです。それがね、中学時代にこの相方と出会ってしまったせいで、漫才師になってもうたんですよ。最悪ですよ!そのせいで僕は死んだんです。こいつが、僕を殺したようなもんですよ。よっ、人殺し!」「僕達、スパークスは今日が漫才する最後ではありません。これからも、毎日皆さんとお会いできると思うと嬉しいです。僕はこの十年を糧に生きません、だから、どうか皆様も適当に死ね!」

 こんな調子で繰り広げられた漫才を見た神谷が「めっちゃ面白かったな」「あんな漫才見たことないもん。あの理屈っぽさと、感情が爆発するとこと、矛盾しそうな二つの要素が同居するんがスパークスの漫才やな」と手放しで絶賛します。

 しかし、妥協せず、騙さず、自分が面白いと思ったものを舞台で披露する神谷はいつまで経っても人気が出ず、彼自身にも「面白いもの」に対する迷いが生じ、なんと自分の胸にシリコを入れて巨乳にするというグロテスクなことまでやり出します。笑いの神髄をとことん追及して一番笑いから遠いところに落ち込んでしまったようです。

お笑いの世界の自然淘汰の厳しさと哀しさを内部にいる人間だからこそ純文学作品に昇華することのできた傑作だと思います。





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最終更新日  2015年08月09日 20時37分11秒
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