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『靖国神社』(大江志乃夫 岩波新書)や「ウィキペディア」を見ると、「靖国神社」の性格はよくわかります。 靖国神社は、「招魂社」として創立され、幕末から明治維新にかけて朝廷、および明治政府のために戦場で斃れたものだけを限定して祭神としています。 当然のことながら彰義隊、新撰組、旧幕府軍、奥羽越列藩同盟の戦死者は対象外となっていますし、西南戦争の際に戦死した西郷隆盛をはじめとする薩摩軍も対象外です。 小泉純一郎元首相は、国会で靖国参拝について問われた際に、「死ねば皆仏という思想が日本にある」と強弁したわけですが、死者を選別しているのはほかならぬ靖国神社であるわけです。 ただ、画期的であったのは、明治以前はよほどの事がない限り祀られることのなかった一般庶民が「国のために命を捨てた功績」を以って祀られることになったことであり、これが「国のために死んだ者を祀って何が悪い」という居直りの論拠となっているわけです。 この「死者を選別するのか」という批判の声に応えようとして(?)、筑波藤麿宮司の発案で、靖国神社の境内の隅に1965年、鎮霊社が建てられました。「ペリー来航以来の本殿に祭られていない戦没者(戊辰戦争や西南戦争の『賊軍』、世界中の戦没者)」を祀るためだといいます。2006年10月17日より一般の参拝が可能となっています。 なお、鎮霊社に関して、靖国神社側は、「鎮霊社の御祭神は奉慰の対象だが、御本殿の御祭神は奉慰顕彰の対象」としてあくまで差をつける姿勢を崩していません。 実に姑息であります。 今回の安倍談話を見てみましょう。彼は、 「本日、靖国神社に参拝し、国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠をささげるとともに、尊崇の意を表し、御霊安らかなれと御冥福をお祈りした。また戦争で亡くなられ、靖国神社に合祀されない国内、及び諸外国の人々を慰霊する鎮魂社にも参拝した。御英霊に対して手を合わせながら、現在日本が平和であることのありがたさをかみしめた」 とまず語っています。 「日経」に掲載されています「首相談話全文」を読みますと、彼は「御英霊」という言葉を3回使っています。そして、手を合わせたのは本殿に祀られた「御英霊」に対してであり、鎮魂社はあくまで「つけたし」、あるいは、「『賊軍』ならびに『世界中の戦没者』」に対しても参拝しましたよ、というアリバイ作りに使われただけという事になり、これほど「鎮魂社」をバカにした話はありません。(これを「日経」で評価しているのが秦郁彦。いつまで老醜をさらしてんだか。「日経」も考えてあげないと) 鎮魂社だけに参拝をしたというなら話は別です。そしてその足で先日アメリカの国務長官が参拝した千鳥が淵に行けばいい。アメリカにしてみれば、「明確なサインを送ったのに・・・」という気持ちが「失望した」というコメントにつながったんでしょう。 そして、後半部分で彼は以下のように述べています。 「靖国参拝については、戦犯を崇拝するものだと批判する人がいるが、私が安倍政権の発足した今日この日に参拝したのは、御英霊に政権一年の歩みと、二度とふたたび戦争の惨禍に人々が苦しむことのない時代を創るとの決意をお伝えするためだ」 これ、日本語になってますか?「戦犯を崇拝するものではない」という論旨になってますか? 靖国神社が1978年10月17日にひそかにA級戦犯を「昭和殉難者」として合祀し、この事が79年4月19日に「朝日新聞」によって報じられました。 そして、天皇による靖国神社参拝はそののち一度も行われていません(75年11月21日が最後)。「国策を誤り、植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」とする「村山談話」(95年8月15日)は、歴史的事実を元にして発表された談話です。 閣僚や首相、またイシハラのような「公職」にあるものが参拝する時、必ず「私人として」参拝したと言い、「信教の自由」を口にします。しかし、参拝者名簿に署名する際、「内閣総理大臣」と署名するわけで、第一、その是非が国内だけではなく、国際的に問題となっている靖国神社に国会議員、閣僚、総理が参拝すること自体問題なのです。存在そのものが「公人」なのですから。「私人」として参拝したければ、職を辞することが大前提となりましょう。 今回のNHKの報道ぶりもひどいものでした。先日の天皇の記者会見での発言の中から、「憲法重視」「日本の復興には知日派の米国人の助力もあった」ことをカットしたのと同一線上にあると言いますか、参拝に対する批判的な報道は最小限でした。それも、「他国の思惑はどうか」という報じ方。中・韓に対する国内の反発が高まっているなかでの、「中、韓が批判をしています」という報じ方。経済的損失があるかどうかという「唯金論」的な報道姿勢にはほとほとあきれ返ります。 靖国問題はまず日本人の問題であるという事です。「国策を誤り、植民地支配と侵略によって多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた」連中を言うに事欠いて「昭和殉難者」と称する靖国神社の姿勢そのものが問題なのです。 日本の伝統は、「死ねば仏」であり、「敵味方ともに祀る」事であり、特に敗者の鎮魂を重視したことにあります。それが明治になり、「国民国家」の建設と同時に「国のために命を捨てた者」のみを慰霊し、「賊軍」、「朝敵」となった者の死体は埋葬することすら禁じた、これはいったい何なのかという事です。 『史論の復権』(與那覇潤 対論集 新潮新書)では、小島毅という方の「靖国は神道ではなくて儒教なんだ」という説を紹介していますが、そうかもしれません。 そして、「国策を誤り」、国民に対して「死して虜囚の辱めを受けず」との「戦陣訓」を指達しながらピストル自殺に失敗するという失態を演じた東条英機を「昭和殉難者」とする心性。「恥を恥と思わない」心性を私は日本の恥とする者です。 国際的、国内的影響も考えずに、「参拝したいから参拝するんだ!」。幼稚園の子どもを首相に持った国の不幸です。で、言い訳だけは一人前。 「間違った時に、小者はひたすら言い訳をする」。『論語』の一節ですが、情けないを通り越してバカバカしいの極みですが、「中国や韓国の圧力に負けずによく参拝した」という声もあります。国民は自分のレベルにあった政治しか持てない、という言葉がありますが、身に沁みてきます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013.12.27 22:08:35
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