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カテゴリ:康夫ちゃん・政治など
2日ばかり遅れてしまいましたが、終戦記念日に寄せる
康夫ちゃんのメッセージを新党日本サイトから転載します。 ★62年の歳月を、一人ひとりが心に刻む★ 終戦記念日コメント 「過去から眼を背ける者は、未来にも眼を閉じる者である」とリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー大統領がドイツ連邦議会で演説したのは、25年、50年といった一般的に節目と思われている年数とは少なからず異なる、戦後40年目に当たる1985年でした。 その理由を問われて彼は、以下の如く答えています。1世代10年として4世代40年が経過すると、過去の体験を直接語り継げる者が少なくなり、新しい世代は歴史を正しく受け止めるのが困難となる。であればこそ、この年に敢えて、目を見開き続ける大切さを語るべきと考えたのだ、と。 新党日本は、それから更に22年もの星霜を経た今、改めて私たちは、彼の気概を共有し合うべきではなかろうか、と痛感します。 「憲法第九条の第一項、第二項を堅持した上で、地震・津波等の天変地異、内戦や飢餓等に直面する地域での救助活動や医療支援、住宅再建へ駆け付ける、富国強兵とは対極の『国際救助隊』を創設し、第三項に明記す」る事で、「アメリカとアジアの間に位置する太平洋の島国・日本は、こうしたソフトパワーの貢献で世界から信頼を得る国家を目指すべき」、と参議院選挙時に「新しい日本宣言。」で掲げたのも、こうした認識からです。 一兵卒として24歳の短き生涯を南方のルソン島で終えた竹内浩三氏が出征直前に遺した、「この空気 この音 オレは日本に帰ってきた」で始まる一文は、「日本よ オレの日本よ オレにはお前が見えない 一体オレは本当に日本に帰ってきているのか なんにもみえない オレの日本はなくなった オレの日本がみえない」、と鋭くも慨嘆しています。(『日本が見えない』藤原書店刊) 「戦死やあわれ 兵士の死ぬるや あわれ」と謳う代表作「骨のうたう」でも、「白い箱にて 故国をながめる 音もなく なんにもなく・・・がらがらどんどんと事務と常識が流れ 故国は発展にいそがしかった 女は化粧にいそがしかった」と看破しているのです。 1人の多感な青年が遺したそれらの詩歌は、物質的繁栄は遂げたれども、恒久平和への道程は遙か遠く、未だ覇権主義的な争いが絶えぬ21世紀に生きる私たちが、心に刻み続けるべき警句なのです。 戦争の世紀と呼ばれた20世紀の歴史を踏まえて、有りの儘に現実を見詰め、人として尽くし、人として遇される地球社会の実現へと向けて、全力を尽くす。儀礼的な不戦の誓いを超えた決意を、一人ひとりが確認し合う8月15日である事を、新党日本は願ってやみません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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