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2023.12.01
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……この勝負、俺の勝ちだ」

 

 土方は桜司郎の手首を押さえ付け、頭の上で一つに束ねる。そして取り上げた薄緑を桜司郎の首の横に突き立てた。男の力は強く、びくともしない。

 

 

「ず、狡いですよ!足を引っ掛けるなんて!」

 

 桜司郎は抗議の声を上げるが、土方は悪戯が成功した子どものようにますます笑みを深くした。

 

「戦場において、​顯赫植髮​ 卑怯もクソもねえんだよ。禁じ手でも何でも使って勝ちゃ良いんだ」

 

 

 ここは戦場じゃないのに、と桜司郎は心の中で呟く。土方は真剣な表情に戻ると、目をすっと細めた。

 

「鈴木桜司郎、今一度問う。……お前は生きたいのか、死にたいのかどちらだ」

 

 桜司郎は息を飲む。そして土方の目を真っ直ぐに見た。小さく呼吸をすると、唇を動かす。

 

「生き、たい。生きたいです……

 

 

 その言葉は微かに震えていた。土方は口角を上げると、突き立てた薄緑を遠くに置く。そして桜司郎の上から退くと左横に寝転び、大きく背伸びをした。

 

 

「荒っぽい真似をして悪かったよ」

 

「わたしは……新撰組に、居ても良いのですか」

 

「おにすると約束しちまったしな」

 

 淡々と話している筈なのに、土方の声色が酷く優しげに響く。入隊時の約束を土方は覚えていたのだ。視界が歪むのを感じながら、桜司郎は天井を見る。

 

「副長」

 

「何だ」

 

「有難う、ございます……

 

 

 瞬きをすれば、頬を涙が滑り落ちた。それを横目で見た土方はやれやれと眉間に皺を寄せると、片手を伸ばしてそれを拭う。

 

 

「誰にだって隠したいことの一つや二つある。ただ、それが隊に害を成すことであれば斬るだけだ」

 

 空いた片腕を枕のようにしながら、土方は外へ目を向けた。丁度、月がぼんやりと浮かんで見える。

 

 

……もしお前が女だとバレて、隊の規律が乱れようモンなら死んでもらうしかねえ。生きたくば、これまで通りに隠し通せ。墓場まで持っていく覚悟はあるか」

 

……はい」

 

「それなら、俺も胸の内に秘めといてやる。男として扱うし、加減はしねえぞ」

 

 

 桜司郎は小さく頷いた。それを見た土方は起き上がる。そして、立てるかと桜司郎の腕を引いた。

 

 同じく起き上がった桜司郎は土方の頬を見る。そこには固まりかけているが、血の線が滲んでいた。

 

「副長、血が……。すみません、私のせいですね」

 

 傷を指摘されると、土方は親指を舐めてそこへ塗る。

 

「ああ、こんなモン唾付けときゃ治る。お前だって、お琴に頬……張られたろ。おあいこって訳にはいかねえだろうが、勘弁してくれな」

 

 

 土方はバツが悪そうに言うと、薄緑の刀身と鞘を回収して桜司郎へ押し付けた。

 

「ほらよ。もう夜も遅いから寝てこい。俺ァもう少し此処にいる」

 

 有無を言わさないそれに、桜司郎は小さく頭を下げると寝所へ戻っていく。

 気配が遠ざかっていくのを感じながら、土方は再度月を見上げた。

 

 

「にしても、変わったの格好をさせられていた桜司郎が浮かぶ。あれは女装では無く、本当の姿だったのだ。言葉を失う程の良い女なのだから、武士の道など選ばずとも良縁に恵まれるだろう。

 

かと言って、女々しい訳ではない。その根性はまるで武士そのものだ。我儘も言わず、聞き分けも良く、冷静に物を見極める。生まれながらにしてその気質があったのか、記憶とやらを失う前は武家の娘だったのか。

 

 

……なんてな、俺には関係ねえか」

 

 言い訳をするように呟いたその言葉は空に吸い込まれていった。






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最終更新日  2023.12.01 19:54:46
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