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「……この勝負、俺の勝ちだ」
土方は桜司郎の手首を押さえ付け、頭の上で一つに束ねる。そして取り上げた薄緑を桜司郎の首の横に突き立てた。男の力は強く、びくともしない。
「ず、狡いですよ!足を引っ掛けるなんて!」
桜司郎は抗議の声を上げるが、土方は悪戯が成功した子どものようにますます笑みを深くした。
「戦場において、顯赫植髮 卑怯もクソもねえんだよ。禁じ手でも何でも使って勝ちゃ良いんだ」
ここは戦場じゃないのに、と桜司郎は心の中で呟く。土方は真剣な表情に戻ると、目をすっと細めた。
「鈴木桜司郎、今一度問う。……お前は生きたいのか、死にたいのかどちらだ」
桜司郎は息を飲む。そして土方の目を真っ直ぐに見た。小さく呼吸をすると、唇を動かす。
「生き、たい。生きたいです……」
その言葉は微かに震えていた。土方は口角を上げると、突き立てた薄緑を遠くに置く。そして桜司郎の上から退くと左横に寝転び、大きく背伸びをした。
「荒っぽい真似をして悪かったよ」
「わたしは……新撰組に、居ても良いのですか」
「おにすると約束しちまったしな」
淡々と話している筈なのに、土方の声色が酷く優しげに響く。入隊時の約束を土方は覚えていたのだ。視界が歪むのを感じながら、桜司郎は天井を見る。
「副長」
「何だ」
「有難う、ございます……」
瞬きをすれば、頬を涙が滑り落ちた。それを横目で見た土方はやれやれと眉間に皺を寄せると、片手を伸ばしてそれを拭う。
「誰にだって隠したいことの一つや二つある。ただ、それが隊に害を成すことであれば斬るだけだ」
空いた片腕を枕のようにしながら、土方は外へ目を向けた。丁度、月がぼんやりと浮かんで見える。
「……もしお前が女だとバレて、隊の規律が乱れようモンなら死んでもらうしかねえ。生きたくば、これまで通りに隠し通せ。墓場まで持っていく覚悟はあるか」
「……はい」
「それなら、俺も胸の内に秘めといてやる。男として扱うし、加減はしねえぞ」
桜司郎は小さく頷いた。それを見た土方は起き上がる。そして、立てるかと桜司郎の腕を引いた。
同じく起き上がった桜司郎は土方の頬を見る。そこには固まりかけているが、血の線が滲んでいた。
「副長、血が……。すみません、私のせいですね」
傷を指摘されると、土方は親指を舐めてそこへ塗る。
「ああ、こんなモン唾付けときゃ治る。お前だって、お琴に頬……張られたろ。おあいこって訳にはいかねえだろうが、勘弁してくれな」
土方はバツが悪そうに言うと、薄緑の刀身と鞘を回収して桜司郎へ押し付けた。
「ほらよ。もう夜も遅いから寝てこい。俺ァもう少し此処にいる」
有無を言わさないそれに、桜司郎は小さく頭を下げると寝所へ戻っていく。 気配が遠ざかっていくのを感じながら、土方は再度月を見上げた。
「にしても、変わったの格好をさせられていた桜司郎が浮かぶ。あれは女装では無く、本当の姿だったのだ。言葉を失う程の良い女なのだから、武士の道など選ばずとも良縁に恵まれるだろう。
かと言って、女々しい訳ではない。その根性はまるで武士そのものだ。我儘も言わず、聞き分けも良く、冷静に物を見極める。生まれながらにしてその気質があったのか、記憶とやらを失う前は武家の娘だったのか。
「……なんてな、俺には関係ねえか」
言い訳をするように呟いたその言葉は空に吸い込まれていった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.12.01 19:54:46
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