一説によると現生人類と旧人類との差は噂を信じる能力の有無であるという。噂を信じることで人は大集団を形成し、その大集団で文化が伝播し、やがては文明が生れた。おそらく人類の黎明期とともにあった宗教や人類最古の職業の一つである王。こうしたものの権威も噂に基づくもので、集団のほとんどの人々は王に接したこともなければ、神をみたわけでもない。それでも宗教や王の権威で大集団が形成されたのは、多くの人が見たこともない神、会ったこともない王のありがたさを噂として信じたからだろう。
今では情報も発達し、現代人は古代人が想像もできないほど、多くの知識を得ている。雲の上に人間と同じような姿の神様がいると信じている人は少ないだろうし、王制を維持している国でも、王様が他の人間とは違った能力をもっていると信じられているところはあまりないだろう。
それでも宗教は当分の間は消えそうにないし、王制を維持している国も減ってはいるものの、残存している。そうだとしたら、現生人類には噂を信じる能力の他にもう一つの能力があるのではないか。つまり本当は信じていない噂を共同体の秩序維持のために温存する能力である。つまり、神様はたぶんいないと思うけど、いるということにしておこうというわけである。人が大集団を維持するためには、なんらかの共同幻想が必要であり、そして時にはそうしたものを信じていなくても信じているふりをすることが必要なのかもしれない。