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カテゴリ:日記
今日の親子ワークに某新聞社の記者が参加されました。取材はお断りという事で公募しているワークなので、いきなり取材をいれるわけにはいきません。が、ワークでどんな事をしているのか、ワークで人はどう変わっていくのか、などなど、マスコミを通じて伝えたい事があるのも事実。
そこで、一参加者としてその場を共有してもらって、そこで得た学びを記事に生かしてもらう、という事にしました。 その記者はこちらの意図をちやんと理解してくれて、ワークに参加し、自身の体験や思いを語り、自らの心の動きを感じてくれたようです。マスコミ人としてはとても誠実な態度と思います。こういう記者には、いい記事を期待したくなるし、積極的に協力したくなるし、育ってほしいとの思いになります。 けれど、一方的に取材の申し込みをしてきて、当事者を紹介しろ、こういう話を聞かせてくれ、なんていうような報道関係者が少なくないのも事実です。取材に協力したのに、協力した意図とは逆の文脈で利用されたり、違うイメージで語られることもあります。 先日も、フジテレビの某番組で、DVがらみの取材がありました。ホットラインの取材で私は関わる事はなかったのですが、こちらとしてはホットラインの信頼を失わないように相談者の声とか対話を入れないという所で、先方はどうしても生のやり取りをとりたいと言う。 結局妥協点を出して、カメラは回した・・・・とこまではよかったけれど、実は放送の中ではホツトラインの事はいっさいカット。男性の支援が暴力事件の回避につながると言う事実を伝えたいのに、番組では、加害者の話を聞く事自体暴力を認める事になるから、聞いてはいけないのだ、との馬鹿な発言が流されていました。 マスコミ・・特にテレビは傲慢で、写してやってるという意識が強いし、視聴率を上げるための映像作りをするから「真実の報道」がないがしろにされています。その点新聞はまだましだけれど、政治や金と無関係ではあり得ません。 こんなマスコミも私たちには必要なものでもあります。無視し続ける事もできません。上手につきあう、記者を育てる・・・難しいけれど、私たちには必要なことだと痛感しています。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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