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カテゴリ:女の不思議男の謎
本当に久しぶりに「女の不思議男の謎」をアップします。
新巻シャケと熊掌と 「ねえねえ朝吹さん、どう思う?」 大先輩で、去年ある大企業を定年退職した岡田さんのお宅に招かれて、10年振りくらいにうかがうと、挨拶もそこそこに、奥様が迫ってきた。 若くして最初の奥様を亡くされ、三人の子供、それも男の子ばかり、を何とか大学に入れてから迎えたのが今の奈央子夫人である。お二人の間には今年高校に入学したばかりのお嬢さんがいる。 「いくら勘のいい朝吹くんだって、それだけじゃあ何のことかわからないよ、最初から説明しなくっちゃ」 岡田さんが風貌と物腰に全く似合わないい甲高い声で、しかし優しく言った。 「そうねえ、比呂子ちゃん、ちょっと解説してよ」 「お久しぶりです」 比呂子さんとは私立中学に合格した時のお祝いで会って以来である。 「きれいになりましたねえ、父上に似なくてよかった」 「あはは、頭の中身も似なかったんで苦労してます」 「それで、おかあさんは何をあせってるの?」 「あのカレンダーの写真なんですけどね」 比呂子さんが指差す先は、小さな滝の上に陣取ったヒグマが、下から上がって来る鮭をまさにくわえようとしている写真に飾られたカレンダーだった。余り目立たないように、発行元の会社名が印刷してある。案の定、岡田さんが勤めていた会社だ。 「あの写真をみて、わたしは『熊ちゃん、ちゃんと食べられたかなあ』って、思ったんです」 「比呂子さんらしい感想じゃないですか」 朝吹は事の成り行きを察して、岡田先輩のほうをそれとなく視野に入れながら当たり障りなく返事した。 「おとうさんたら、『シャケのやつ、逃げ延びられただろうか』なんて言うんです」比呂子さんはほとんど笑いながら言った。 「あたしなんか、『くまがジャボーンって、落っこちちゃうんじゃないかと思ってはらはらしちゃうわ』って思ったんですけどね」 奥様が身を乗り出して続けた。 「それで、朝吹さんはどう思うだろうって、早く感想をお聞きしたかったんだ ろうね」 岡田さんが締めた。 娘、サラリーマンの父親、母親。それぞれの感想。それぞれの来し方行く末がしのばれた。 朝吹は決して順風とは行かなかった岡田さんのサラリーマン人生を思い、でもこの何ともいえない家族の温かさを目の当たりにして、あいまいな笑みをうかべながら、 「新巻(あらまき)シャケを熊掌(ゆうしょう)を煮たスープで食べる気分ですね」と、意味不明の答えで凌ぐと、年賀に持参したシャンパンの箱を開けた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.01.08 21:55:49
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