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朝吹龍一朗の目・眼・芽

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2010.07.04
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カテゴリ:ばっちっこ
 

「赤坂のこと、のぶくん、何か隠してるでしょ」
「二流、なんだってさ」
 意外とあっさり言ってしまった。
「いいのよ、そんなこと知ってるわよ、あたしだってね、この世界、長いんだから。いいの。少しずつ、ね、そりゃ、銀座が一番よね、知ってるけどね。でも、銀座の二流の店ならあたしだってお呼びがかからないわけじゃないのよ、でもね」

「それより、パトロン、なんだろ」
 くたくたと言い募るのを珍しく遮った。もっと聞きたいことがあった。嫉妬心がないと言ったら嘘になる。
「大丈夫、のぶくんだけだから。あたし、郷里に病気の亭主がいることになってんだ」
 すーっと平板で上下のアクセントなく発音した後、語尾が微妙に上がっていく。北関東の方言だ。嘘をつくときに少し混じることがある。『なってんだ』が上ずっている。これは、ウソをついている証拠だ。
「それじゃあ、売春するんだな。そのパトロンとホテルに行くたんびに5万でも10万でも取れ」
「そんな」

「のぶくんが、あんたがでもそう言うんなら」
 なんだかほっとしたような顔をした。俺はこの時点で猛烈な嫉妬を覚えた。
「でも、のぶくんが言うなら、あたし、稼いじゃう。でも、妬かない?」
 パチンと音がする。俺が響子の左頬をたたいたからだ。そのまま抱かずに部屋を出た。妬んでも仕方がないことは理性では十分わかっているつもりだ。それでも、俺は、響子が見知らぬ男に組み敷かれて俺の時と同じようによがり声を上げているのを容易に想像し、容易にボッキし、容易に怒った。
 翌日、可愛がっていた大泉弘子を呼び出した。1年生である。それまで性的対象として見ていなかった弘子を昼間は誰もいない俺の家に連れ込み、弘子のハンカチをくわえさせて声を殺しながら、犯した。無抵抗だった。泣き顔が印象的だったが、滅多に洗わない敷布(当時シーツなどというしゃれた名詞は普及していなかった)が始業式や終業式で使われる旗、国旗、のように丸く赤く染まってしまったのにはびっくりした。直径30センチはあったろうか。俺はあわてて台所で洗って乾かした。一種のやつ当たりだった。
 それ以来、しばらく響子の家に足を向けなかった。

 9月半ば、響子が成子坂下のボロアパートから新宿御苑を見下ろせる明和コーポラスという2DKの部屋に引っ越すという。大した荷物などないと思っていたのだが、意外なほど衣装持ちだった。派手だけれどペラペラの化繊でできたドレスを化粧ダンスから引っぱり出して、こんな服着てたのかよ、とからかうと、意に反してまじめな顔で一声、なによ、と大きく言うなり泣きだした。
「あたしだってね、わかってるのよ、赤坂だってね、一流じゃないけどね、お洋服だってね、人絹(じんけん)スフだけどね(注)」
 と言った。涙声を更に大きくしながら続けた。
「だってね、夜、飛ぶちょうちょなんてね、どうせね」
 これ以上言わせないために俺は抱きとめた。あごの下くらいまでしかない小さな身体を、そっと、しかし力を入れて絞り上げるように抱いた。考えてみれば小さくなったのではない、俺が大きくなったのだ。もう175センチに近くなっていた。腕の中の響子を可愛いと思う反面、口をついて出たのは自分で言うのもなんだが、あまりにも冷たい一言だった。
「パトロンに何回抱かれたか、言え」
 俺は自分で自分の感情と動作と語りをコントロールできていない。
「してないわよ。のぶくん、しか許してないから、絶対。あたし、しあわせなんだから、のぶくんだけなんだから。ぶっていいの、あたし、ぶっていいの。ジュリーよりショーケンより、のぶくんだから。磯田さんより、のぶくんだから」
「磯田って、パトロンか」
 抱きしめている身体が更に固くなった。
「どこのやつだ」
「大阪の人なの。だから、滅多に来ないの」
 俺はふとその男に興味を抱いた。
「苦しいから。かんにんして」
 知らないうちに響子を抱きしめる腕に不要な力が入っていたのだろう。見下ろすと真っ赤な顔をしている。
「どんなやつだ」
 力を緩めながら、できるだけやさしい声のつもりで問うた。
「熊本の人でね、ラグビーやってたの。偉い人なのよ」
 偉いというのがまた気に障った。荷造り途中で散らかり放題の6畳に響子を文字通り落とすと、偉い人ならいくらでも買ってくれるだろうという暗い思いを込めてブラウスのボタンを飛ばしながら前をはだけた。下はノーブラでスリップだけだったから、またしても気に障った。
「磯田のじじいが脱がせやすいようにしてるんだな」
 立ち上がって胸を強く踏みつけながら鏡台のほうを物色した。裁ちバサミがあった。足はそのまま、手だけ伸ばして鋏を取ると、スリップを下から切り裂いていった。面白いように切れる鋏だ。お裁縫が得意で、時々自分で鋏研ぎをすると言っていたのを思い出した。持ち重りのする乳房が左右に分かれて沈んでいる。硬くてしかも弾力があるそれの感触が掌によみがえってくる。

 響子は無言だった。目はしっかり開けて天井を見つめている。

 ここで俺は正気に戻った。涙がこみあげてきた。
「ごめん」 
 右手の鋏を見、眼下に横たわっている半裸の響子を見下ろし、鋏を鏡台に戻し、両手を響子の肩の外の畳に突いて、ちょうど両眼からこぼれ落ちた塩辛いものが響子の乳首の上に滴り落ちる音を聞いた。
「のぶくん、好き」
 それでもこう言ってくれる女の、俺自身の手で剥いてしまった裸の上へ崩れ落ちるように覆いかぶさると、俺の両手に伸びてきた湿った掌に手首をつかまれた。
「のぶくん、好き」
 俺の左耳を甘がみしながら言う。
「こんなに妬いてくれると思わなかった。あたし、死んでもいい。ああでも、痛くしないでね、その代り。もう、くんづけじゃだめね。のぶひこさまって、呼ぼうかな。ね、のぶひこさま。響き、いいな、それだけで、感じちゃったりして。あれ、相当しょっぱいね、涙」
 響子が俺の顔を起して右目をなめた。塩辛い涙は強い感情の嵐に見舞われた証拠だ。過去にないほど、俺は高ぶっていたのだろう、精神的に。いや、肉体的にもだ。畳に股間が擦れて痛い。もう今日は荷造りはヤメだ。



注)人絹スフ:人造絹糸を略して人絹、ステープルファイバーを略してスフと呼ぶ。
       どちらも安物の代名詞。

 ばっちっこ  続く

注)楽天の入力自動判定で「ぼっき」という漢字が「わいせつもしくは公序良俗に反する」という理由ではねられました。明らかに過剰規制、表現の自由に対する侵害です。楽天事務局に抗議します。





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Last updated  2010.07.04 17:37:17
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