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2017.09.19
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☆いちばん長い夜に・乃南アサ
・新潮社
・2013年1月30日 発行
・芭子 & 綾香シリーズ no.3(完結編)

芭子は昏睡強盗罪=懲役7年、綾香は殺人罪=夫の暴力からやっと出来た我が子を守るため夫を殺してしまった。情状が酌量されて懲役5年。子供は夫の両親に引き取られ、綾香には会いたくても会えない存在になった。当初は後悔していないと言い切っていたが、東日本大震災の被災地に通うようになって、肉親を失った人々の悲しみを知り、殺さないで自分が逃げるという選択肢もあったことに気づいた。

刑務所にいるときから2人は気が合った。いつも他人の視線に怯えながらも、出所後も助け合い支え合いながら健気に生きてきた。親や兄弟からも見放され、何一つできなかった芭子に、綾香は家事一切を一つ一つ教えてくれた。馬鹿なことを言って笑わせ、いつも明るく振る舞う綾香は、芭子にとっては何でも話せる掛け替えのない存在だった。

ある日、たまたま前を歩いていた小さなこどもが、何を思ったかいきなり方向転換をして、いきなり「ねぇねぇ、お母さん!」と、綾香にしがみついた。綾香の顔を見上げてぽかんと口を開けて凍りつくその子に、少し離れた位置から「ほら、ともくん!こっちこっち!」という声が聞こえた途端、ぱっと逃げるように走り去った。話しかけようと、綾香の方を振り向いた芭子は息を呑んだ。さっきまで笑っていたはずの綾香が、一点を見据え血の気さえ失せて見えた。その瞬間、芭子は察した。子供のことを思い出している。そうに違いないと。
それからの綾香はいつにも増して饒舌になった。芭子にはそんな彼女が痛々しく見えてならなかった。ある夜芭子は意を決して、渋る綾香から「朋樹」という子供の名を聞き出した。いつもは陽気でお喋りでハラハラさせられることの多い綾香の中には、ぞっとするほどの淋しさのようなものが、深くしっかり横たわっている。芭子の超えた一線と、綾香の超えた一線とは、思っている以上に違っているのかもしれない。理由はどうあれ、人の命を奪い、それを悔やまず生きるのはどんなことなのか、そばで暮らしいながらも芭子には分からない。その暗い淵のようなものの原因の一つが、生き別れになった子どもにあることは間違いないと思われた。
探してみよう、私が。
これまでの長い年月の間に聞いてきた生まれ育った実家のある地名、家族で暮らした家のことなどが、ぽこりぽこりと、浮かび上がってきた。思い出したことを次から次へと箇条書きにして、インターネットで調べ始めた。仙台へ行こう。そして何かの手ががりを探してこようと心に決めた。とにかく仙台に行く。

*その日にかぎって
2011年3月11日。
窓際の席に座った芭子は、朝陽に輝いている東京の街を眺めていた。隣の席は、背広を着た普通のサラリーマン風の男性だった。いかにも旅慣れた様子で、足を組んで新聞を読んでいた。芭子が乗った新幹線「はやて」は、午前9時少し前に仙台駅に到着した。綾香が卒業した高校では、規則で個人情報は教えられないと断られた。市立図書館で、古い新聞記事から事件の記事を見つけた。読んでいる途中、涙で新聞記事が読めなくなった。記事に書かれていた、綾香が住んでいた家近くの喫茶店で朋樹の消息を聞いた。朋樹を引き取った祖父母は、相次いでたおれ、終身介護付きの施設に入った。育てられなくなって乳児院に預けられた朋樹は、養子縁組で外国に出されたという。朋樹が預けられていた養護施設に行こうと駅前まで戻った芭子を、あの大地震が襲った。
仙台駅に戻ろうにも地下鉄は動かない。やっと来たバスに乗り、ようやく仙台駅まで辿り着いた。新幹線も動いていない。タクシー乗り場に並んでみても無駄足だった。
先ずは食料確保と、薄暗がりの中で売られていたペットボトルの飲料とスナック菓子類を手当たり次第に千円分買い、道路標識と人の流れを頼りに歩き続けていたとき、まだ電気がついている銀行のATMを見つけた。このまま仙台で足止めを食らうとなると手持ちの3万円では心許ない。いざという時には現金を持っていないといけないと言っていた綾香の言葉を思い出し、10万円を引き出した。
日が暮れるといよいよ寒さは厳しくなった。途方に暮れかせているとき、そのホテルの前に差し掛かったのだ。「食べ物を用意してあります。よろしかったらあちらで休んでいってください」化粧室を借りて懐中電灯を元の場所に返そうとしたとき声をかけられた。大きいホテルではなかったが、広々とした宴会場のテーブルには一口サイズにまとめられたオードブルなどが並べられていた。芭子は湯気の立つスープと小ぶりのホテルパンを手に取り、なるべく人のいない椅子に腰かけた。携帯も繋がらない。夜が更けるとシンシンと冷えてくる。余震が続いている。帰らなきゃ。何としても。
そんなとき、同じテーブルに座っていた男性が「今朝、7時くらいの新幹線に乗っていませんでした?」と話しかけて来た。今朝、隣の席に座っていた男性だった。彼の方はサラリーマンばかりの時間帯に芭子のような女性は珍しいので覚えていたという。話し相手が欲しかった。ずっとこわばっていた顔の筋肉がゆるみ、我ながらいつもと違う口調になっているのが不思議だった。9時半を回った。その間に数え切れないほどの余震にに見舞われた。
先ほど席を立った男性が帰って来た。外に立って、やっと通りかかった空車を無理矢理止めたいう。運転手は、LPガスが残っていないから福島までなら乗せていいという。お金が足りないから、一緒に帰る気があるなら立て替えてもらえないかという。ホテルの人たちに「ご無事で」と送られ出発した。ラジオからは災害状況を知らせるニュースが絶え間ない緊急地震速報に紛れて流れていた。6時間以上前のメールが届き始めた。ようやく辿り着いた福島市の中心地は、駅の周辺だけ、まるで何事もなかったかのようにイルミネーションまで輝き、その明るさが痛いほど瞼に沁みた。ここまで送ってくれた運転手が、次のタクシーを見つけて来てくれ、「お互いに生き延びましょう」と言って仙台に戻っていった。
次に乗ったタクシーの中で住所と電話番号、メアド、名前を交換した。ようやく根津まで戻ってきた。タクシーを降りるとき、最後に彼は「インコが無事だといいね」と、そう言った。両手に千円分の仙台みやげとコンビニで買ったカップ麺の袋を下げ、路地を回ったところで、突然「芭子ちゃん!」と、綾香が飛びついて来た。

仙台から一緒に帰って来た彼の名は南祐三郎といい弁護士だった。南と過ごす時間は楽しかった。それだけに隠しているのが苦しくなった芭子は、過去を全て話した。嘘を突き続けて、この人をだまし続ける方が、きっと苦しいだろうと思うから、どうしてもここで覚悟しなければならなかった。
南は、芭子の過去を知っても尚、芭子と付き合いたいと言ってくれた。今の、そしてこれからの芭子を見ていきたいと言った。全く混乱していないと言ったら嘘になる。だから、出来るだけ時間をかけたいと思っている。僕自身のためにも、小森谷さんのためにも。互いの気持ちを確かめ合ったとき、南はそう言った。弁護士である彼がそう言うと、余計に現実の重さが感じられた。でも、だからって一生やり直しがきかないものだとも思っていないとも・・・。お互いを理解しあい、本当に信頼し合い、心を寄り添わせるには、それなりの時間が必要だ。南の言葉は、よく理解できた。慌てずに。ゆっくり。それから2人は合言葉のように言い合っている。

芭子のおかげで息子のことを知った綾香は、パン屋をやめ被災地に通い詰めるようになった。そして、震災から一年経ち、綾香は気仙沼でパン作りの修行を始めることになった。老舗のベーカリーがようやく店舗を再開する目処がつき、一緒に働かないかと誘ってくれ、綾香は死ぬ覚悟で、過去を打ち明けたのだという。主人夫婦は、よく打ち明けてくれたと背中をさすり肩に手を置いて、綾香のために涙を流してくれたという。そして、とうとう綾香は行ってしまった。
もうすぐクリスマスがくる。いま、芭子は南と綾香のためにマフラーを編んでいる。




芭子 & 綾香シリーズ
no.1 いつか陽のあたる場所で
no.2 すれ違う背中を
no.3 いちばん長い夜に





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Last updated  2017.09.19 17:04:57
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