『命をかける』ということ。その2
前々回書いた『命をかける』ということの日記の続きを書かなければならない。今日は決戦日である。ドナーである弟は昨日、骨髄採取の前処置のため入院した。今日の午後1時半に手術室に入り、全身麻酔をかけて骨髄採取をする。この日のために弟さんは日に60本も吸うタバコとお酒を止めたのだ。兄である患者に最良の骨髄を提供するためと 自分の安全のためである。ドナー登録を簡単にしてしまう人もいるが 自分の持っているものを最良の形で提供するためには本当にいろんな我慢や努力をしていただかなくてはならないのだ。飲食・趣味嗜好をまったくの他人のために変えられるかと考えたら なかなかそうはいかない。自分の親や兄弟・愛する人のためだからこそ出来るのかもしれない。骨髄は滅菌輸血バッグに採取されてからすぐに病室にいる患者に輸血される。(遠方にドナーがいる場合は凍結保存された骨髄が当院到着後に溶解して使用)同じ手術室で隣に寝て身体から身体へ輸血されるのでもなければ手術のように骨髄を切り開いて植えつけるのでもない。『移植』というと外科的なものを想像するがまったくそうではない。骨髄液は人によって濃度が違うため、濃厚な液の場合は輸血バッグから50ccづつ注射器で吸い取り 点滴のルートから注入される場合もある。これも採取できる量によって異なるが 約1リットルほどの骨髄液が必要とされる。午後1時半から2時間を要して骨髄採取するのだからおそらく午後3時半くらいに彼の身体に新しい骨髄が注入されることになる。ここまでくるのには 実はかなりの変更があった。予定していた前処置の 全身放射線照射ができなかったのだ。全身放射線照射はわかりやすく言えば患者の骨髄の中を空っぽにするためのものだ。ところが 彼は以前に肺の放射線治療を受けていたため、肝心の骨髄を多く作り出す胸椎にひどく損傷を受けていたのだ。これ以上骨髄に放射線を当てることは骨をボロボロにしてしまい半身不随になってしまう危険を伴い、放射線科からストップがかかってしまった。ならばそれに代わる前処置をしなければならない。主治医は内服の抗がん剤を4日間投与した。この抗がん剤はかなりの吐き気を伴うが、彼は吐き気をなんとか抑えながら内服を完了した。その後、さらに強い抗がん剤を点滴で2日間投与し、一日中吐き気・下痢と戦いながら今日に至っている。しかし、本来ならば この全処置で白血球の値が100~200(健常者は5,000~8,000)に落ちるはずなのだが、彼の白血病細胞は頑固で 昨日の時点でまだ1,400もあったのだ。つまり、白血病細胞を完全にコントロールできないままの移植となる。しかも移植される骨髄は2座ミスマッチである。これはかなり痛手となるだろう。でも病院は待てても病気は待ってくれない。ほとんど一か八かの移植に今日踏み切ることになるのだ。彼の体調はまぁまぁ…というところか。実はわたしと彼はこの入院をきっかけにメールで通信している。わたしは毎日彼の病室に行けるわけではない。勤務の都合や研修などで行けない日が多いからだ。しかし、彼がわたしを受け持ちナースとしてかなり信頼してくれていることもあり、他のスタッフや親・兄弟には気を張っているのだが わたしには弱音を吐くことが多い。メールなら彼の不安や辛さを聞いてあげることができる。クリーン室の外の世界を見せてあげることが出来るのだ。おとといは満開の桜の花を撮影し、メールで送ったら『来年は花見に行くぞ!!』という返信をもらった。昨日は少し落ち込み気味の彼に 彼の大好きなパチンコ屋のネオンを動画で送信。『めっちゃ元気でたよ~!!』と返事をもらった。今日は夕方からの仕事なので、移植後に直接顔を出すことにした。全身の血を作り出す骨髄を入れ替えることは 命を再生することでもある。異型移植ならば血液型まで変わってしまうほどの処置だ。怖くないはずがない。主治医が言うように『成功するか否かは神のみぞ知る』のかもしれない。わたしは神など信じないタチだが、彼のために今日は神様を信じよう。明日もあさっても半年後も来年も 彼が元気で生きていられるように。