カテゴリ:燃える指(完結)
裏切りの行方~残されし者
幸彦は深く眠っている。初めての大きな敵を間近にした緊張は相当のものだったのであろう。竹生は密かに火高と三峰を幸彦の部屋の居間に呼び寄せた。 「私は山へ登って来る」 「竹生様、そこまでのご決意を」 火高はそう言って堅い顔をして目を伏せた。三峰はいつもの笑顔を消して激しい口調で言った。 「私達がおります。竹生様はご無理なさらずに。そうすれば少しは」 山へ登る・・その意味する事は盾なら誰でも知っている。竹生は三峰をやさしく見た。彼が自分を心配してくれる気持ちがうれしかった。同じ家に生まれ、共に学び共に生きて来た彼。普通の家庭なら弟と呼ぶのだろう。 「三峰、私の髪を見ろ。もう時間はないのだ。マサト様よりも早く私が逝くかもしれない。少しでも長く生きながらえる方法があるなら、それを試さねばならない」 「しかし」 「私は、あの方を一人にしないと誓ったのだ」 三峰はうなだれた。自分達の役目、叩き込まれた鉄則は彼の中にも生きている。だが竹生の決意はそれをも遥かに超えていた。決められているからやるのではない。彼が彼自身として幸彦を守りたいと望んでいるのだ。それがあるからこそ、竹生は”盾”の長なのだ。 「もし私が戻れたら、お前達の命を私にくれ」 火高も三峰もうなずいた。火高が言った。 「私達は幸彦さまの”盾”です。どうか竹生さま、あの方の事を」 「すまない」 竹生の目から涙が流れていた。 「お気になさいますな。我等の命、元から幸彦様のものです」 「ありがとう・・不甲斐ない長の私を許せ」 夜が明けた。 「村に寄って来る。確かめたい事がある」 そう言い置いて、竹生は出て行った。 竹生は佐原の家の奥で藤堂の正面に正座していた。板の間ではあったが、この家の大事を取り決める特別な場所である。周囲を主だった家の者が取り巻いていた。藤堂はゆったりと胡坐をかいていたが、突然の竹生の帰還に苛立たしい表情を隠せなかった。 「これ以上、勝手な真似はさせぬぞ」 藤堂は渋い顔で言った。竹生は冷たい美貌を更に凍りつかせたような顔をしていた。 「では、尋ねる。誰が幸彦様の居場所を教えた?『奴等』の使いとどんな取引をした?」 藤堂の顔にひるんだ表情が走った。 「佐原の姓を名乗らせず、マサト様も神内様も幸彦様が誰であるか隠し通して来たはずだ」 「それが、何だと言うのだ」 「先代の盾よ、さゆら子様を失った時にその誇りも失ったのか?」 藤堂の顔が歪んだ。 「小僧・・・もう時代は変わるのだ。こんな生活を続ける意味はない」 竹生は立ち上がり、周囲を見回した。顔を背ける者、彼をにらむ者・・ 「変わらない、変わってはならないのだ。私は戦い、それを思い知った。『奴等』に支配された惨めな者達と。お前等もそうなりたいか?『奴等』の操り人形になるのが、お前達の望みか?」 一人の若者が走り出た。彼は竹生の前に膝をついた。 「私は竹生様と共に参ります」 「間人(はしひと)、お前は藤堂の息子ではないか」 彼は振り返り、父に激しい目を向けたまま、言った。 「盾の誇りを捨てた者を父とは呼びません。ましてや幸彦様の命と引き換えに自分を守ろうとするなんて」 もう一人の若者が前に出た。粗野にすら見える身体から発する強い意志が周囲を圧した。 「そうか、道理で最近おかしいと思ったら、そういう事か」 「久瀬(くぜ)、ここはお前の入れる場所ではない!」 藤堂が激しく叱咤したが、久瀬は面白そうな顔をして彼を見た。 「当主様を敵に売った奴こそ、ここにいる資格はねえんじゃないの?」 藤堂は怒りに燃えた顔で久瀬をにらみつけたが、何も言わなかった。 「藤堂・・父亡き後にまとめ役をまかされたお前が、こんな風になるとはな」 竹生はつぶやくように言い、顔を上げて宣言した。 「ここを出て行きたい者は出て行くがいい。ただし、我等の邪魔をするな。邪魔をすれば一族と言えども容赦しない。幸彦様を売り渡そうとした者は、それ相応の報いを受けよ」 飛び掛った藤堂を、竹生は優雅な手さばきで畳の上に倒した。 「恥を知れ」 竹生はあくまでも穏やかだった。 「間人、久瀬、藤堂を離れに連れて行け」 藤堂はもはや抵抗はしなかった。 「出て行く者はいないのか?」 竹生はもう一度言った。 「申し訳ありません!!!」 「竹生様、すみません!!」 口々に叫びながら、皆、そこにひれ伏した。 「迷った我等の心に、つけこまれたわい」 部屋の隅から老人の声がした。 「臥雲(がうん)長老、ここで何があったというのですか」 「金髪の悪魔が来たのだよ」 「やはり、そうでしたか」 老人は壁に寄りかかり、溜息をついた。 「ワシは床に伏せっていた。実際には藤堂と奴の間に起きた事だ」 「奴が入り込むなぞ、そこまでここの結界が弱っていたのですか」 「うむ、奴はさゆら子様を食った奴だ。強くなっていた、前よりも」 竹生は手を振った。人々は素早くその場を去った。 「保名(やすな)は残れ」 「はい」 応じたのは、若い娘だった。娘は立ち止まりその場に膝をついた。 「お前は仲間と結界を張りなおせ。幸彦様が戻られるまで頑張ってくれ。辛いだろうが」 「いえ、竹生様のお役目に比べたら辛いなぞと。それに・・」 「それに?」 「知らずに藤堂に従っていた自分が悔しいのです」 「そうか、ではその分の償いも含めてよろしく頼む」 「はい、お任せ下さい」 保名は頭を深く下げると、立ち上がり去って行った。 後には竹生と老人が残された。 「私は幸彦様の元に戻らねばなりません」 「どれ、老体に鞭うって働くとするか」 「お願い致します。マサト様はとても大きな物が来ると」 「うむ、それはそうだろうな。ここへ幸彦様を連れて来られた位だからな」 「あの異人、アナトールに憑いている奴は、かなり強い」 「それだけ人間としての哀しみが深い子供だったのだろうな、あの子は」 「だとしても、同情はしません」 「それが正しい。知っているか?藤堂はお前の父にいつも嫉妬していた。それはお前の父が死んだ後にも続いていたのだ。死んだ相手に勝つ事は出来んからな」 「馬鹿な事を・・」 「それが人間なのだ。だから『奴等』はどこからでもやって来る」 老人は竹生を見た。 「竹生」 「はい」 「髪が白くなったな」 長老は気がついてると竹生は思った。自分が戻って来た本当の理由を。 「三峰を幸彦様のおそばに置いて来ました」 「そうか、それは良い事をしたな」 「三峰なら私以上の長になれるでしょう。私は盾以外にはなれないが、あれはもっと広く村全体を見る目を持ち合わせている」 「いや、お前も立派だ」 「ありがとうございます」 「ここへは、もう戻らぬつもりだな」 「はい」 竹生は素直に答えた。老人は愛しげに竹生を見た。 「お前は私の一番の自慢の孫だ」 竹生は老人のそばに寄ると跪き、その手を取った。 「いつまでもお元気で、お爺様」 「竹生はどこに行ったの?」 幸彦は三峰に聞いた。今朝、目覚めると竹生はいなかった。いつもならリビングで幸彦を待っているのに。代わりにいたのが三峰だった。 「竹生は急用で村に戻りました」 「長くかかるのかな?」 三峰は微妙な表情をして答えなかった。その面差しが竹生に似ているのに、幸彦は気がついた。漆黒の髪をふっつりと肩で切りそろえた髪型に違いがあるが、細いおとがいも切れ長の美しい目も。幸彦の出会った盾は何故か皆それぞれに美を持っていた。過酷な使命を担ったものへの神の恩恵であろうか。中でも竹生はずば抜けて美しかった。三峰は軽く微笑んだ。その笑顔もどこか竹生を思わせた。 「お前は竹生に似ているね」 「私達は同じ父を持ち、同じ母の元で育ちました」 「じゃあ、兄弟なの?」 「ええ、竹生は私の兄です」 三峰が竹生の弟と知り、幸彦は彼に対して親しみが湧いて来るのを感じた。 「竹生が早く帰って来てくれるといいな」 今まで以上に打ち解けた口調で言う幸彦に、三峰は黙って頭を下げた。まるで顔を隠すかのように。村での出来事は連絡を受けた火高から知らされた。すでに竹生が家を出た事も。 (竹生様・・) 竹生が必ず戻ると三峰は信じたかった。それまでは自分が竹生の代わりに幸彦様をお守りするのだ、しっかりせねばならないと三峰は自分に言い聞かせた。山に登って戻った者はここ数十年誰もいないと知ってはいても・・ 掲載小説のまとめサイトはこちらです お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005/12/10 11:35:01 AM
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