カテゴリ:燃える指(完結)
盾と結界~迫り来る者
午後の訓練を終え、部屋に戻ろうとした久瀬は、胸を押さえてうずくまった。何だ、この嫌な気配は・・不快な、とても強い悪意・・抵抗する、声にならぬ叫び・・そうだ、これは・・ 「どうした?」 間人が心配そうに彼の背中に手を当て、聞いた。久瀬は不快な感覚に耐えながら、うめくように言った。 「西の壁が、悲鳴を上げている・・」 久瀬の感知した気配は竹生にもすぐ伝わった。 「遂に来たか・・」 地下室で横になっていた竹生は、暗闇の中で目を見開いた。 (三峰!!!!) 竹生の声が三峰の脳裏に響き渡った。三峰ははっとして長の椅子から立ち上がった。 「来たぞ!!!西だ、寒露、先陣はまかせる」 「はい」 寒露はすぐに上着を羽織ると出ていった。何故それが解ったかと聞くほど、寒露は馬鹿ではない。外の世界で科学を学んでも、すべてがそれで割り切れるものでない事を、充分に承知していたのだ。 三峰は手早く戦闘服に着替えた。簡素な詰襟に見えるが、特殊な軽い金属糸で編まれている。白露も同じ物を着ている。三峰の服は白だが、他の者は黒である。三峰は愛刀冴枝丸(さえだまる)を掴んだ。白露が聞いた。 「お出になるのですか?」 「当たり前だ」 白露は三峰のそばを片時も離れまいと思った。竹生の忠告が胸にあった。 (敵も馬鹿ではない。頭からつぶそうとする・・) 走りながら、三峰は指示を出した。 「上の組は寒露と共に戦闘配置へ、中の組は私と来い!」 屋敷内を伝令が走り回る。 「ゆりかごは緊急の結界を用意、いつでも張れるようにしておけ」 「白の組、急げ!」 奥座敷で竹生はその様子を感じ取っていた。 (三峰、良くやってるな) 間人も戦闘服を身に着けた。久瀬は普段着のままだった。青いデニム地のシャツの袖を肩までまくり上げ、下は厚手の作業用のスボンだった。袖なしの革の上着を羽織っていた。 「君は着ないの?」 「俺は慣れてる格好の方が動きやすい」 「そうか」 間人は黒い帯のような物を取り出すと、それを久瀬の腹に巻きつけた。 「なんだ?」 「本当は戦闘服の下に付けるものさ。多少の防御にはなるよ」 「ありがとな」 久瀬は素直に礼を言った。間人はにっこりと笑った。 奥座敷へ行くと、竹生は二人に言った。 「お前達は表で盾の最後尾で戦え」 二人は頭を下げた。竹生は久瀬を見ながら言った。 「浮かれて敵に突っ込むなよ。我等は最後の砦なのだ。久瀬、お前は初陣だ、盾を良く見て動け」 「はい」 「間人、久瀬の面倒を見てやれ。無理はするな」 「はい」 「行け」 二人は走り去った。火高がその背中を見ながら言った。 「血が騒いでおりますね、竹生様」 竹生は微笑を浮かべた。 「お前はここから離れまいな」 「ここが私の持ち場ですから」 ふわりと竹生の髪が舞い上がった。 「まずはお手並み拝見といこう」 ”壁”が裂け、異人が雪崩れ込んで来た。地表から飛び出した無数の杭が異人を串刺しにした。それと同時にきらめく粉が散布された。 「ぐ、ぐわあああ!!!!」 異人達は喉を掻き毟った。それは悪鬼や悪鬼になりかけた異人に効果がある粉だった。以前、火高がアナトールに用いたのもそれと同じ物だった。製法が難しく量が作れない為、いざという時にしか使えない。異人の半数はそこで倒れた。罠を抜けて来た敵と盾が激しくぶつかり合った。盾達は奮戦したが、これほどの戦いを経験した者は少なく、どことなく浮き足立っていた。 (多いな・・) 後方で様子を見ていた三峰は思った。こんなに大群で来るとは、かつてなかった事だった。マンションの件と言い『奴等』は何かを焦っているのか。”盾”が押されている。三峰は刀を抜いた。風が吹いた。空高く舞上がった三峰は敵陣の真ん中へ飛び込んだ。異人を切り裂きながら、三峰は叫んだ。 「下がるな、下がるな!!!!」 長の参戦に士気を鼓舞された盾達は、異人を押し返し始めた。どれほど敵を切り裂こうと、三峰の純白の戦闘服は血飛沫を浴びる事がなかった。風が彼を取り巻き、守っていた。以前の三峰なら出来なかった事だった。兄が与えてくれた力だと三峰は思った。この身に流れる血と引き換えに。 例の部屋で、神内達も戦いの為に立ち上がっていた。神内は手に青い剣を握り締めて言った。 「俺達が操っている『奴等』を倒せば、異人は赤子同然になる」 「そうすれば、幸彦さんを守れるのですね」 見知らぬ少年が言った。どこかで見たような顔立ちをしていた。マサトはまだソファに座ったままだった。顔色が酷く悪い。 「お前がいるから奥までいける、必ず仕留められるさ」 そう言いながらマサトは立ち上がった。神内は眉をひそめた。 「無理をするな」 「いや、行く・・幸彦の為だ」 サギリも不安な表情を隠さなかった。 「寝てないからよ」 マサトはそれには答えなかった。少年の方を向いて言った。 「カズキ、俺達を導いてくれよ」 「では行きますよ」 奥の壁の扉をカズキと呼ばれた少年が開いた。虚空に続く道がそこにあった。三人はその中へ入っていった。扉が閉まり、サギリが一人残された。 間人は左右に片手刀を逆手に持ち、走っていた。力のない小柄な彼は素早さが身上だった。久瀬は両手に、これは斧を握り締めていた。 「離れちゃ駄目だよ」 間人が言った。 「おう」 砂煙の向こうに敵味方が入り乱れていた。その中央に白い姿が一際はっきりと見えた。 「三峰様だ、さすがだね。ああやって味方を率いておられる」 時折高く飛び、風に髪をなびかせ宙を舞い、敵をなぎ倒し道を切り開いていく。 そばには双子が寄り添うようにして戦っている。 「白露様と寒露様がおられる。あそこは中心だ、僕らは後ろへ下がろう」 間人はくるりと向きを変え、又走り出そうとした。いきなり、何かが飛んできた。間一髪で久瀬はかわした。異人の投げた剣だった。二人は数人の異人に囲まれた。久瀬は一声吼えると、目の前の異人に斧を振り下ろした。間人はあざやかな体裁きで攻撃をかわしつつ、敵を切り裂いていた。敵を倒し、二人は再び走り出した。 遠い戦場でも戦いが続いていた。 神内の剣が『奴等』を切り裂き、マサトの閃光が貫く。 やがて戦いが終わった。 「かなりの奴だったな。中ボス登場ってとこだな」 マサトが軽口を叩いた。 「さあ、帰ろう・・・」 マサトの身体がぐらりと傾いだ。神内が駆け寄り、素早く受け止めた。 カズキが叫んだ。 「サギリさん、マサトさんが大変です!!」 異人の動きが止まった。皆空ろな目をしたかと思うと、バタバタとその場に倒れこんだ。 (マサト様達が『奴等』を・・) 三峰は、愛刀を天にかざし、声を張り上げた。 「我等の勝利だ!!!!」 盾達の雄叫びが村中に木霊した。 奥座敷で竹生と三峰が向かい合っていた。 「良くやった」 「竹生様の風が、私を守って下さいました」 「私ではない、お前の力だ。お前が成長したのだ」 「私にはあれ程の力はありません」 「いや、あるのだ、今のお前には。お前を長と慕う者達の想いが風を呼ぶ力になる」 「そういうものなのですか?」 竹生は三峰の肩を掴んで引き寄せ、顔を覗き込んだ。三峰の目の前に、優しい兄の微笑があった。 「そうだ、もっと自信を持て」 「竹生様・・」 「お前は私の弟だ、弱いはずはない」 「ありがとうございます」 その時、何かを感じて、二人は同時に振り返った、白い褥から天井に向かい、細い腕が伸ばされてた。まるで宙にある何かを掴もうとするかのように。 「そんな・・」 三峰は驚愕のまなざしでそれを見つめた。竹生は無表情のままだった。 「お父さん、お父さん・・」 か細いが、はっきりとした声が聞こえた。 「幸彦様がお目覚めに?」 三峰の声が震えていた。眠らされた者が自然と起きるなど、聞いた事がない。二人は褥に近づき、横たわる身体を見下ろした。澄んだ瞳が見開かれていた。 (幸彦様・・) 竹生の胸にとめどなく幸彦への想いがあふれ出した。しかし竹生はそれを押さえ、三峰に命じた。 「長老にすぐにお知らせしろ」 「はい」 三峰は出て行った。 竹生は幸彦に恐る恐る触れてみた。痛みはない。力が戻ったわけではないのだ。しかし何故という疑問よりも、二度と目覚めぬだろうと思っていた幸彦様が目覚めた喜びが竹生を支配していた。竹生は褥に覆い被さるように身をかがめ、幸彦の身体を抱きしめた。 「幸彦様・・」 今は誰もいない、今だけこの幸せを噛み締めよう。これが吉兆なのかそうでないのかは、直にわかるだろう。幸彦は竹生の首に腕を回し、耳元でささやくように繰り返した。 「お父さん、お父さん・・・」 せめて、今だけは・・幸彦様・・ 掲載小説のまとめサイトはこちらです お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006/01/07 08:52:34 PM
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