カテゴリ:燃える指(完結)
片側の微笑~託す者
加奈子と和樹は『火消し』の元に戻った。二人はサギリの元で生活を始めた。和樹は自分の力と役割を覚え、戦いの中に出て行った。それが本当に「やりたい事」かどうかはまだ和樹にもわからないが、新しい世界は和樹を夢中にさせた。加奈子はそれを見守りながら、複雑な思いを抱いて日々を過ごしていた。加奈子はサギリの店の手伝いをするようになった。 和樹は加奈子の希望で学校へは今まで通り通っている。塾にも。マサトは数人の”盾”を呼び寄せ、行き帰りの護衛に着けていた。和樹はその姿を見た事はないが、マサトが言うのだから守られているのだろうと思っていた。学校は変わらない。戦いの事などあまりにも非現実過ぎて、学校にいる時はほとんど忘れている。それでも”別の顔”を持った事が和樹に良い意味で自信を持たせ、それが和樹の態度に現れた。以前より学校も苦にならなくなった。友達も増えた。 それからしばらくして佐原の村で大きな戦いがあり、『奴等』を倒す為に奥へ降りたマサトが倒れた。幸彦の来訪の後、マサトが深い眠りについてから、和樹は寂しさを感じていた。今ではマサトが外観通りの人間ではない事を理解している。しかし二人でいる時は同世代の友達のように思っていたのだ。マサトの気取らない性格が和樹には好ましかった。彼は長く生きた分多くを知っており、その話を聞くのが楽しかった。そして自分の生い立ちや力の使い方や役目について、彼から教わった事が沢山あった。母親の加奈子は父親のカヅキについては語ろうとしない。思い出すのが哀しいからだろうと、和樹はあえて聞こうとはしなかった。マサトの語る父は優しくて思いやりがある人物だった。マサトは和樹の中に父親のカヅキの魂があると言っていた。マサトとカヅキは共鳴し、より安定した力になる。それを和樹にも感じると。幸彦の事についてもマサトは教えてくれた。一族に伝わる夢を操る力、それを守る村の事、哀しみから幸彦が心を閉ざしてしまった事も。マサトが言った。 「俺の息子が元気になったら、お前も仲良くしてやってくれよ」 そういう時のマサトは大人の顔をするけれど、寂しそうだった。 宿題をやりながら、思いついた事があった。宿題が終わると神内を探した。彼はいつもの部屋にいた。ソファに寝ながら外国語の本を読んでいた。古い皮の装丁がしてある。 「神内さん、お願いがあるんです」 「何だ」 「佐原の村に行って幸彦さんに会いたいんです」 「あそこは、普通の人間には行かれない」 「だから、連れて行って欲しいんです」 神内は起き上がって、本をテーブルに置いた。 「何故、幸彦に会いたいのだ」 「戦いの中で『奴等』の領域を知るうちに、それが夢の領域と似ているのに気がついたんです。幸彦さんの力の領域です。僕なら幸彦さんの夢をたどって心を呼び戻せるかもしれない」 「マサトに言われたのか?」 「いえ、でもマサトさんとお父さんが共鳴するのなら、幸彦さんと僕にも通じるものがあるかも知れない」 神内は考え込んだ。 「お前を連れ出すと、カナがうるさい」 「お母さんがどう言っても、僕は行きたいです」 「どうした、えらく張り切っているな」 神内はからかうような口調で言った。だが和樹は真剣な面持ちで答えた。 「マサトさんに時間があるうちに、元気な幸彦さんと会わせてあげたいんです」 「そういう事か」 神内も表情を引き締めた。マサトは幸彦の事がずっと心にあった。和樹と話している時、息子と話しているように思う事もあったのだろう。敏感な和樹はそれを感じていたのかもしれない。 「しばらくは大きな物は来ないとサギリさんも言ってました」 「そうだな、考えておこう」 マサトの所から戻ると、幸彦は昼間は起きているようになった。やはり自分から何かをする事はない。ほとんど言葉も口にしない。あまり動く事もしない。昼の間、竹生は間人に幸彦の身の回りの世話をさせる事にした。どういうわけか竹生以外に間人には反応を見せるのだ。子供が甘えるようなそぶりすら見せる。小柄な間人が幸彦の世話を焼いているのは、傍から見ると微笑ましいものがあった。 臥雲長老が奥座敷に様子を見に来た。何故か幸彦は間人の首に腕を回し、そばから離れなかった。 「幸彦様、長老の前です、大人しくして下さい」 間人の困った顔を見て、臥雲長老は笑った。 「幸彦様とお前は、こうしてみると良く似ているな」 「そうですか?ああ、幸彦様、駄目です」 間人は幸彦の手を解こうと、悪戦苦闘していた。 「お前はますます浅葱様に似て来た。つまりさゆら子様に似ているのだ。幸彦様がお前に甘えるのもそのせいかもしれん」 「僕が母に?さゆら子様に?」 「古い者はさゆら子様を覚えている。お前が当主の血筋と言われても誰も疑わなかった。さゆら子様のお優しい顔立ちに、その目も良く似ている」 僕は母の顔を知らない。幸彦様は幼い時に別れたとはいえ、お母様を覚えておられるのだろう。それにしてもこんなにくっつかれても困る。今日は特に酷い。 「いつも、ここまでではないのですが」 「うむ、何か落ち着かない事がおありなのだろうか」 石牢では、女達が慌ただしい様子をしていた。保名が産気づいたのだ。額に汗をして保名は陣痛に耐えていた。医者が呼ばれた。三峰にも使いが出された。その身は罪人とはいえ、長の子が生まれるのだ。霧の家の跡取りである白露は、三峰の事を思い、一族の薬師も待機させた。霧の家は特殊な薬や治療法を伝える家でもあるのだ。 夜半になり、仕事が一段落したのを機に、三峰は石牢に向かった。ぐずぐずと躊躇していたのを寒露に説得されたのだ。罪人である保名に自分の子が出来るのを三峰は重い気持ちでいた。しかし保名の身と腹の子が心配である事には変わりない。寒露はそんな三峰を慮り、後を自分にまかせるように言い、無理矢理に執務室を追い出したのだった。三峰の訪れを待っていたかのように、保名は男の子を産んだ。 夜が更けても幸彦は床につかなかった。こんな事は珍しいと思いながら、間人はそばを離れるわけにもいかずにいた。不意に幸彦が立ち上がった。奥座敷を出て、歩いて行く。 「どちらへ行かれるのです!」 間人は慌てて追って行った。幸彦はどんどんと歩いて行く。石牢の方へ向かっている。 「幸彦さま、幸彦さま、そちらはいけません!!」 門番があっけに取られている横をすりぬけ、幸彦はすたすたと石牢の奥へ進んでいく。 「幸彦さま!」 間人の声が石牢に響いた。三峰は驚いた。いきなりの当主の来訪に一同は慌てた。幸彦はいつもの夢見るような顔をしていた。そして保名のそばに行くと、抱かれている赤ん坊に手を伸ばし、自分の胸に抱き上げた。 「鵲・・かささぎ・・・」 赤ん坊より無垢な笑顔で幸彦はそう言いながら、その柔らかい頬に自分の頬 を寄せた。 「かささぎ・・」 いつのまに現れたのか、竹生が三峰の傍らで言った。 「幸彦様が祝福されている。この子の名はかささぎ」 「幸彦様が・・」 幸彦様の心を傷つけた我らを許して下さるのか、この子に祝福を与えて下さるのか・・三峰は目頭が熱くなった。 「鵲は橋をかける者、すべての記憶を宿す月の異名。この子に村の未来を託されたのだ」 竹生はそう言って、三峰の肩を祝福するように抱いた。 「ありがとうございます、幸彦様」 保名は床に手をついて、深々と頭を下げた。 「三峰、保名、この子を大切にせよ」 竹生の言葉に二人はうなずいた。間人はその場に跪き、三峰に向かい頭を下げた。 「こんなになられても、幸彦様は皆の心配をして下さっているのだ」 竹生は幸彦を見ながら言った。そこにいる者は皆涙した。 (けれども幸彦様が元に戻られるまでは、我等の罪が本当に許される事はないのだ) 三峰はあらためて心に己の罪を刻みなおした。 (その日が来るまで、村を守る為にこの身を尽くすのが私の償い・・) 石牢での出来事は、すぐに知れ渡った。保名の家族達も肩身の狭い思いから少し解放された。鵲は三峰の嫡子として盾の家の三峰の生家”風の家”に受け入れられた。臥雲長老は曾孫と跡取りの誕生を喜んだ。罪と喜びと・・幸福と不幸は人生の両側でせめぎあっているかのようだった。”壁”をはさんで『火消し』と『奴等』が対峙しているように。それでも今は一同は幸福に微笑んでいた。だが風の家にはすでに別の風も吹き始めていた。三峰はそれをまだ誰にも言わなかった。 「行くなら今しかないわね、なるべく早く」 サギリは言った。 「和樹に危険はないか?」 「あの子がやるというのなら、やらせてみるしかないわね」 「カナには何と言う」 「『火消し』の意志と」 「ああ、そうだな」 「気が進まない?」 「まあな」 「マサトなら躊躇わないわね」 「あいつの非情は俺の比じゃない。それが必要な役目であったからな」 「その分、傷ついてる、多くを失っている。心から笑えなくても、マサトはいつも笑顔でいようとしたわ」 「ああ、だからこそ、幸彦を」 「そうね」 時が過ぎていく。その果てにある何かを探そうとするかのように、サギリは遠い目をした。 掲載小説のまとめサイトはこちらです お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006/02/02 12:24:45 AM
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