261434 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
2006/03/14
XML
カテゴリ:燃える指(完結)
願うは暁~歩み出す者



遠い日の思い出が・・私を呼ぶ。
私・・俺・・僕?
かつて自分を何と呼んでいたのか、もう忘れてしまった。

長い歳月があった。まもなく訪れる時の為に。この暗い山の奥で、待っていたのは未来。かつて私は人間で親も兄弟もいた。呪われた身に成り果てても、夢の中で出会うのはそれらの面影なのだ。ただ一人の人の為にこの命を捧げると誓った時から、この心は狂気に満たされた。過去への逃亡もすべて愛しい人の為・・

生き物は近寄らない。喰らわれる命達。その命を捕らえ我が物にする。そうして生きて来た。村の守護者に封じられた時から、この身はここを離れられないのだ。知っていたはずだ・・夢は未来を見ていた。知っていて忘れた。あまりにも長く生き過ぎた。あまりにも長く待ち過ぎた。だが罪の意識だけは消えず、何の罪であるかも忘れたというのに、苦しみだけはこの身を苛み続ける。許される事はない罪・・許されないという事だけ覚えている。

大きな力だ。あれは懐かしい力・・
まもなく終わりが来る。

寒露(かんろ)は目を開いた。
避難所の壁にもたれたまま眠ってしまったらしい。毛布がかけられていた。古びた屏風が足元に置かれ、周囲の目を遮っていた。篠牟(しのむ)がしたのだろう。身体を起こして座り直した。夢の残渣が頭をよぎる。寂しい夢だった。何かを待ち続ける者の夢・・
(あれは、俺なのか・・それとも・・こんな夢を見るなんて、白露がいない事が思ったより堪えているな)
寒露は自嘲した。二人が離れる事など考えた事がなかった自分を。ずっと一緒にいるのが当たり前だと思っていた。”盾”であれば何時その身が倒れるかの覚悟もあったろうに。それでも二人は離れる事はないと何処かで思っていた。三峰様を失うと知り、これ以上もう誰も失いたくないと思っていた。なのにお前を失ってしまった。白露、俺はこんなに弱いのだ。お前も弱かった。だが俺も弱いのだ。背負わせるな、これ以上・・お前、無事で生き延びてくれ。いつか再び巡り合えるなら、俺も生き延びてみせるから。お前はまだ生きているだろう?お前が死んだと俺は感じていない。俺は夢の力はないが、お前の事なら解る気がする。お前は何処かで生きているだろう・・お前も俺を感じているはずだ。

間人(はしひと)の為に、奥座敷のそばの部屋が与えられた。竹生が指示したのだ。
「私の目が届いた方がいい」
竹生は言った。
「間人を守るには、その方がいい」
寒露は間人の安全と共に自分の負担を減らそうとする竹生の思いやりを感じた。今の盾には間人の為に人を割く余裕はなかった。村の再興を第一としていた。竹生は白露の事は何も言わなかった。老医師も口を噤んでいた。村の者達は白露が建物の下敷きになってしまったと思っていた。これ以上村に動揺を与えない為に公にされないのだろうと。

幸い坂の家の被害は少なかったから、久瀬は間宮の許可を取り母親の萱(かや)を呼び寄せ、間人の身の回りの世話をさせていた。間宮同様、萱も竹生を畏れずに口を聞ける女であったから、何の不都合もなかった。竹生も「今の間人には、母親のような手があった方が良いだろう」とそれを認めた。

間人は目を覚まし、自分を覗き込む顔に気が付いた。寒露だった。一瞬、白露かと思った。あの病室で目を覚ますといつも白露の笑顔があり、いつもやさしく髪を撫でてくれた。なのにどうしてこんな事に・・
「具合はどうだ」
「大分、良くなりました」
どんなに多忙でも、一日に一度は寒露はこの部屋に顔を見せた。間人はようやくか細い声を出せるようになった。それまでは口も碌に聞けない程に弱っていた。間人は聞きたかった事を言葉にした。
「寒露様・・寒露様も、僕を恨んでおられるのですか?」
寒露の笑顔も優しかった。白露も寒露も失ったものが増えるたびに更に優しくなったように見えた。
「恨んでいるものか。そうなら、お前を助けたりしない」
双子故に、竹生と三峰よりも、白露と寒露はもっと似ていた。寒露を見ると白露を思い出し、間人は命を取り留めた自分を哀しく思う。それと同時にいつも自らの身体を命を張って自分を助けてくれる寒露への感謝の思いもある。腹の傷がしくしくと痛んだ。涙があふれてくる。
「白露様・・いつも優しくして下さったのに・・」
「ああ、白露はお前を本当は恨んでなどいなかったのだ。あれは弟が増えたように思い、お前を愛していたのだから・・なのに」
寒露は身をかがめ、間人の顔を間近に覗き込んだ。
「白露を許してくれとは言わない。だが白露も辛かったのだ。あれは誰よりも慕う方を亡くしたのだから・・あの方を失った痛み、お前にもわかるだろう」
「はい」
寒露は萱が置いていったらしいタオルを取り上げ、間人の涙を拭いてやった。
「お前があの方を失い哀しんだように、お前が死んだら同じように哀しい者がいるのだ。哀しませるな、もうこれ以上・・」
寒露様も哀しいのに、耐えておられるのだ。三峰様も白露様もいなくなり、今は寒露様はお一人で何もかもなさらねばならない。
「寒露様・・僕が元気になったら、寒露様のお手伝いをさせて下さい」
寒露は笑った。寒露は間人の額を人差し指で突付いた。
「お前はもう、俺の手伝いなどする事はないのだ。お前はこれから幸彦様と同様に佐原に大切な人間になる。俺はお前を守る盾なのだ」
「僕は僕です。そうでしょう?僕は寒露様のお手伝いをしたい。白露様がいない分、三峰様が残していかれた分、少しでも・・お役に・・」
言いながら、間人の目に新しい涙があふれて来ていた。三峰の名を口にした途端、抑え切れない涙が湧き上がって来たのだ。寒露は痛ましげにそれを見た。解っているというようにうなずくと、間人の髪をなでた。そして明るい調子で言った。
「わかった、わかったよ。じゃあ、今からでも出来る事をお前に頼んでいいか?」
「何でしょう」
「三峰様はお前の笑顔が好きだった。俺だって疲れたり調子が悪い時はあるのだ。そういう時、お前の笑顔を見せてくれ。お前の身体が良くなったら、もっと出来る事を考えてやる。今はそれでいい」
間人はうっすらと微笑んだ。寒露の心が、自分への思いやりが、たゆたう霧のように暖かく自分を包むように感じた。
「はい」
寒露も笑顔で間人を見た。
「あせらなくていい、少しずつ何でも進んでいくのだ。村もきっと元通りになる、俺がしてみせる」
その目が三峰に似ていると間人は思った。寒露は三峰の従兄弟だった。この方も身の内に三峰様のかけらを持っている方なのだ・・間人は失くしたものを探そうとするかのように、寒露の目を覗き込んだ。寒露はその目を優しく見返した。
「明日は朝が早いのだ。俺は帰って寝る。いつまでもくよくよするな、俺はもう悩むのはやめた。お前の笑顔があれば、それでいい」
それはいつもの寒露だった。冗談とも本気ともつかぬ軽い口調で、間人をからかうように何かを言う。どんな悩みや困難があろうと明日へ進もうとする寒露の健康な生命力は、間人の心にも明るい力を与えてくれた。
(僕は・・すべてを失ったわけではなかったのだ・・)
間人は寒露の目の中に踊る暖かい光を見ながら思った。

寒露が去ると、間人は思った。
(三峰様は生きておられるかもしれない・・それを白露様がご存知だったら)
あれ以来、三峰の声は聞こえて来なかった。どうしたらもう一度三峰様に自分の声が届くのだろう・・間人は感じる世界が広がったのは何となく理解したが、それをどう扱って良いのか解らなかった。あの時も幸彦の声のままに動いていただけであったから。目を閉じて意識を集中した。様々な雑多な気配の中で、一際強く感じられるものがあった。竹生であった。今は夜であった。竹生は奥座敷にいる。
(竹生様・・)
間人は心の中で呼びかけた。竹生の気配が変化した。こちらを見ているような気がした。
(竹生様・・)
竹生の気配が揺らぎ、風が間人の周囲を取り巻いた。カーテンがはためいた。
「この私を呼びつけるとはな」
寝台の傍らにいつのまにか現れた竹生が言った。
「すみません」
見慣れているはずなのに、いつも美しいと思う顔が間人の上にあった。怒ってはいないようだ。佐原の力を操ろうとし始めた間人に興味があるという風に見えた。間人は思い切って尋ねた。
「竹生様、あの時、僕が見たのは・・」
「お前は何も見ていない」
間人の言葉を遮るように竹生は言った。静かだが堅い拒絶があった。その目が間人を見ている。間人は竹生の青く光る目が怖かった。しかし間人は黙らなかった。僕だってこのままではいたくない。真実を知って先へ進みたい。
「教えて下さい、鷹夜(たかや)様」
竹生の顔に笑みが広がった。青い光が柔らかくなった。
「お前はとうとうそう呼んでくれたか。私の名を教えても一向に呼んでくれないので、嫌われているのかと思ったぞ」
「いえ、あまりにも畏れ多くて、僕などが呼ぶには・・」
「呼んで良いから教えたのだ、春彦」
竹生は毛布ごと間人を軽々と抱き上げた。
「行こう、あれの所に」
風が吹いた。窓が開け放たれた。なびく白い長髪が月光にきらめいた。ふわりと窓から飛び出すと、竹生は間人を抱いたまま夜の野を風のように走った。

足が棒のようだ。同じ道をずっと彷徨っているように思えた。時間の感覚もなくなっていた。時計などない。低く垂れ込めた雲に遮られ、太陽の位置も定かではない。疲れてはいるのに空腹は感じなかった。白露は大きな木の根元に座り、幹に身を預けた。
(僕には無理か・・)
白露(はくろ)はその木が三峰と間人が最後の別れをした場所だとは知らなかった。知らないままに、慕い続けた三峰がしたのと同じように幹に身をもたせかけ、空を見上げていた。捨てて来た村が懐かしかった。寒露の軽口めいた声を思い出した。鏡を見るように同じ顔。二人で守ると誓った村を僕は・・だからこそ、もう戻れない。罪の重さに白露はうなだれた。せめて最後の望みだけは捨てまい。知る事が出来たならそれを伝えてからだ、この命を落とすのは。

死にたいと思い、ここに来た。だが白露の中でそれは少しずつ変化していた。死を願いつつ明日に何かを残そうとしている。白露はそれを矛盾とは感じていなかった。やがて来る朝があるなら、その朝に何かを語りたい。寒露、お前も知りたいはずだ。きっとあの子も・・それが僕に出来る最後の事だ。
(まだ諦めるものか・・)
白露は目を閉じ、やがて眠りに落ちた。その白露を見下ろす黒い影があった。



掲載小説のまとめサイトはこちらです
2005-12-15 18:30:15






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006/03/14 06:06:15 PM
[燃える指(完結)] カテゴリの最新記事


PR

Profile

menesia

menesia

Recent Posts

Category

Archives

2024/10
2024/09
2024/08
2024/07
2024/06

Comments

龍5777@ Re:白衣の盾・叫ぶ瞳(3)(03/24) おはようございます。 「この歳で 色香に…
menesia@ Re[1]:白衣の盾・叫ぶ瞳(1)(03/20) 風とケーナさん コメントありがとうござい…
menesia@ Re[1]:まとめサイト更新のお知らせ(03/13) 龍5777さん 「戯れに折りし一枝の沈丁の香…
龍5777@ Re:まとめサイト更新のお知らせ(03/13) おはようございます。「春一番 風に耐え…
menesia@ Re[1]:まとめサイト更新のお知らせ(03/13) 龍5777さん 「花冷えの夜穏やかに深まりて…

Favorite Blog

織田群雄伝・別館 ブルータス・平井さん
ころころ通信 パンダなめくじさん
コンドルの系譜 ~… 風とケーナさん
なまけいぬの、お茶… なまけいぬさん
俳ジャッ句      耀梨(ようり)さん

© Rakuten Group, Inc.
X