カテゴリ:金糸雀(カナリア)は二度鳴く(完結)
「お前の力を貸して欲しい」
寒露(かんろ)の声に御崎(みさき)は我に返った。 「間人(はしひと)と共に篠牟(しのむ)の心を救ってくれ」 「兄の心を・・」 「御岬様になら、篠牟様は心を開いて下さるかも知れません」 間人は御岬の隣に来て座った。そして御岬の手に触れた。 「僕だけだと、駄目なんです」 「私でお役に立てるなら、兄の為に」 「では、僕と心を合わせるつもりで、気持ちを静かにして下さい」 「はい」 御岬は分からないままに、兄を助ける事が出来るならと思った。ふと暖かいものが間人の手から流れ込んで来るようだった。そこに座したまま下へ深く降りていくような感覚があった。 目の前にいきなり視界が開け、御岬は戸惑った。 「これは・・」 「夢の中では、御岬様も何でも見えるのですよ」 幼い頃に失った目の前の広がりに御岬は足がすくんだ。間人はそれにすぐに気がついた。 「僕と手をつないで下さい。一緒に行きましょう」 「はい、ありがとうございます」 皮肉な事だった。兄の篠牟が倒れた為に、自分はこうして昔のように物を見る事が出来る。久しぶりに視た色、形・・夢の世界とはいえ、それは現実のようであった。 「御岬様、篠牟様を感じませんか?」 兄の病状より視る事に気を取られてた自分を、御岬は恥ずかしく思った。兄を感じようと目を閉じた。そして胸に染み込んで来る哀しみに気がついた。 「ええ、とても哀しい・・これが兄の心でしょうか」 目を開けると、間人がうなずくのが見えた。華奢な可愛い少年だった。 (この方が当主様) 「どちらの方から感じますか」 御岬は強い哀しみが漂って来る方角を指差した。 「行きましょう」 二人は手を繋いだまま歩き出した。 夢の中を霧雨が降りしきる。灰色の世界に灰色の雨が降る。細かい雨が身体に触れると、針で刺すような冷気を感じる。雨に混じり、記憶のかけらが過ぎて行く。御岬は過去の朱雀と篠牟の顔を見た。そして自分の顔もそこに見出した。笑顔も泣き顔も・・父と母、そして兄の愛した人々。兄の過去を見てしまうのは後ろめたい思いがした。兄は自分の気持ちを語りたがらない人だった。御崎には良き兄であろうとして弱味は見せた事がなかった。幼い時は頼れる兄がうれしかった。長じて、兄も又辛い思いを抱えている事を知った。その時から、心を隠し続ける兄を寂しく思う時があったが、兄の隠した思いを覗いている事は、誇り高い兄にすまない気持ちが御崎にはあった。 不意に二人の前に大きな黒い影が立ちはだかった。それは大きな顔だった。 「雄醍(ゆうだい)様!」 間人が叫んだ。それは恐ろしい形相で二人を睨んでいた。兄は彼を殺した事を悔やんでいるのだと御岬は思った。御岬は雄醍の影に語りかけた。 「雄醍様、兄は、ああするしかなかったのです。村を救うために」 影が更に眦を吊り上げ、二人に迫って来た。繋いだ間人の手に力が入った。御岬は顔を上げ、影に向かい、言い放った。 「貴方も盾なら分かるはずです。兄は正しかったと」 そして叫んだ。 「兄さん、兄さん、起きて下さい!皆が待っています」 影が二人に襲い掛かった。 「あ!」 御岬は尻餅をついた。間人はいつの間にか剣を持っていた。 「気をつけて下さい、これは悪いモノです」 そして転んだ御岬の前に立ち、影からかばうように剣をかまえた。 掲載小説はこちらでまとめてご覧になれます @With 人気Webランキング こちらにも参加しております。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006/05/25 07:16:03 PM
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