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貴方の仮面を身に着けて

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2006/07/15
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ひよこ


風が変った。低くたれ込めた雲が空を灰色に覆っていた。朱雀は唇を離すと舞矢の顔を見詰めた。その瞳は愛と強い意志に燃えていた。
「約束してくれ、君はここを動くな、何があっても」
舞矢はうなずいた。敵がそこまで来ているのだと舞矢は悟った。朱雀はゆっくりと立ち上がった。触れ合っていた指先が最後に離れた時、朱雀は微笑んで言った。
「君は美しい」
そして微笑を消して、戦いの顔になった。

「別れの挨拶は、お済みですか?」
ベランダの手すりの上にタキシード姿の異人が立っていた。窓はわざと開け放してあった。朱雀は何も言わず、素早くかがむと、ソファの下の刀を掴み、ベランダへ踊り出た。飛び掛って来た悪鬼をそれぞれ一太刀で両断した。鞍人(くらうど)が手すりの上から剣を振り降ろした。
「今日は挨拶は無しですか」
朱雀はそれを受け流した。一匹の悪鬼が窓から素早く入り込み、舞矢に襲い掛かった。だが、ソファの手前で見えない壁に激突し悲鳴をあげた。舞矢は怯えた顔でそれを見ていた。
「結界ですか、それも佐原の物ではありませんね」
斬り合いながら、鞍人は感心したように言った。朱雀は何も言わなかった。鞍人の剣を受け流し、室内へ飛び込み、侵入した悪鬼を斬り捨てた。
「それもいつまで持つものやら」
鞍人は笑った。悪鬼は次々と押し寄せて来た。朱雀はシャツを脱ぎ捨て、黒い戦闘服姿になっていた。今の朱雀は戦士以外の何者でもなかった。白い髪が風に舞い、朱雀の風は悪鬼を吹き飛ばし、光る刀は敵を斬り裂いた。だがそれがいつまでも続くものではないと、鞍人も舞矢も知っていた。朱雀自身も。

舞矢は言われたままに、ソファの上から戦いを見ているしかなかった。鞍人は舞矢を見ていたが、舞矢は鞍人には一瞥もくれなかった。舞矢は朱雀だけを見詰めていた。愛する男の事だけを。朱雀の身体が熱かったのは、愛の為ばかりではないと、舞矢は気が付いていた。朱雀はすでに戦える身体ではなかった。それでも彼は戦う事を選んだのだ。舞矢を守る為に。たとえそれが空しい徒労であると分かってはいても。一秒でも長く、二人の愛をこの世に留めておく為に。

朱雀の足がふらついた。悪鬼はそれを見逃さなかった。朱雀はかろうじて悪鬼の攻撃を避け、返す刀で斬り裂いた。朱雀は目眩を感じていた。視界が霞み、身体が重くなっていた。
(まだだ、まだ・・)
朱雀は刀を構えなおすと、向かって来た悪鬼を斬り捨てた。ベランダでその様子を見ていた鞍人が楽しそうに言った。
「そろそろ、おしまいにしましょうか。大分辛そうですね」
鋭い目が鞍人を見据えた。朱雀は片手を振った。無数の赤い針が鞍人に突き刺さった。鞍人はにやりとした。
「こんな物が何の役に立つのです?痛くも痒くもありま・・」
針は鞍人の身体にめり込み、姿を消した。鞍人の表情が、見る々々内に憤怒の相に変化した。鞍人は叫んだ。
「おのれ、おのれ、”あの方”に傷を負わせましたね!」
朱雀の針は鞍人ではなく、鞍人を加護する『奴等』に届いたのだ。恐ろしい形相の鞍人が手すりからベランダへ飛び降りた。
「こんな技を使う者を生かしていくわけにはいきません。死になさい、今すぐにここで!!」
鞍人の剣と朱雀の刀が激しくぶつかり、鋭い音が響いた。朱雀は受けるのが精一杯だった。もう風を呼ぶ事も出来ずにいた。それでも動いていたのは、朱雀の鍛え抜かれた神経の反射故だった。

そしてそれも遂に・・

鞍人の剣が朱雀の右肩に突き刺さった。朱雀はのけぞり、刀は宙を舞い、床に落ちた。
「朱雀!!!」
舞矢は叫んだ。悲痛な叫びだった。鞍人は膝を付いた朱雀に剣を突き付け、勝ち誇って言った。
「妹よ、やっとお前を連れて行ける」
「私は行かないわ、純也(じゅんや)兄さん!」
鞍人の表情に微妙な影が走った。
「私は、鞍人だ」
鞍人の顔から怒りが消え、泣き出しそうな顔になった。
「純也・・誰だ、私は鞍人だ」

俯いていた朱雀が、鞍人の足首を掴んで引きずり倒した。そのまま床を転がり、落ちていた刀を掴んだ。素早く立ち上がった鞍人は、異人の顔を取り戻していた。鞍人はにやりと笑った。
「やれやれ、油断しました」
鞍人の口が耳まで裂けた。
「ですが、これで終りです」
朱雀は刀を構えた。朱雀の髪は血に染まり、鞍人の髪の様に赤く燃えて見えた。鞍人は朱雀に斬り掛かった。朱雀はそれを受けた。舞矢は両手を握り締めていた。血みどろの戦いは怖かった。それでも舞矢は目をそらすまいとした。何故なら朱雀は舞矢の為に戦っているのだから。

朱雀は目の前が暗くなった。朱雀の手から刀が落ちた。鞍人の剣が朱雀のわき腹を貫いた。朱雀は倒れた。狂ったように朱雀の名を呼ぶ舞矢の声が、灰色に翳る部屋に響き渡った。




(後編に続く)
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『金糸雀は二度鳴く』主な登場人物の説明はこちらです。
『火消し』シリーズの世界の解説はこちらです。


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Last updated  2006/07/15 02:51:25 PM
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