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貴方の仮面を身に着けて

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2006/08/10
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ひよこ


眠る間人を残し、三峰は奥座敷を出た。三峰が畦道を歩いていくと、生き物達は、巣の奥深く身を潜めるか、急いで遠ざかっていった。あれは生命を啄ばむ者であると、彼等の本能が教えるのだ。寝静まった夜更けの村を、三峰の足は一軒の家に向かっていた。竹生と三峰が生まれ育った家だった。今は妻の保名(やすな)と一子鵲(かささぎ)が住んでいる。

かつて、幸彦を狂わせる原因を作ってしまった保名を、自分の許婚であった女を、三峰は断罪した。村の長であり盾の長であった立場上、どうしようもない事であった。三峰は保名の目から光を奪った。そして石牢に幽閉した。正気を取り戻した幸彦の許しを得て、保名は表に出された。その時には保名は三峰との子を腕に抱いていた。それが鵲だった。三峰はすでに人でなくなっていた。

周囲のとりなしもあり、鵲は風の家の嫡子と認められた。生まれながらに強い風の力がある事は、風の家の者達には分かったのだ。佐原の家と風の家の庇護を受け、保名と鵲は暮らしていた。風の家の一族の長老である臥雲は、父親ゆずりの美貌の曾孫をとても可愛がっていると、間人は伝えて来てくれた。

三峰はすっかり灯が消えた暗い家の前に立った。竹生の遺言を守り、幸彦に仕える為、三峰は村を出た。妻と子には何もしてやれない事を、いつもどこかですまなく思っていた。こうして尋ねる事すら、三峰の心には重い。それでも三峰は家族の顔が見たかった。中へ入り、奥の部屋を覗いた。大小の布団が並んで敷かれ、保名と幼い鵲が眠っていた。横向きの保名の細い手は、鵲の布団の端を押さえているように見えた。鵲の小さな拳が、丸々とした顔の両側に投げ出されていた。見下ろす三峰の目に、無くしたはずの涙があふれて来た。このか弱き二つの命を置き去りにして、私は何を守ろうと言うのだろう。保名は盾の家の妻らしく、お役目について夫を責めた事は一度もなかった。だが盲目の身で幼子を抱え、心細くない事があろうか。

何かを感じたのか、鵲が目を覚ました。見開いた目が自分を見下ろす白い影を見詰めた。泣き出すかと三峰は思った。だが鵲はむくりと起き上がると、よろよろとおぼつかない足取りで歩き始めた。そして三峰の足元にたどり着くと、その膝にしがみついた。生きるものすべてが遠ざかる者に、この子供は自ら寄って来たのだ。三峰は我が子を抱き上げた。そよ風が二人の髪を揺らした。それは鵲の喜びの風だった。眠気の残るまま、鵲は父の胸にもたれ、笑ってみせた。三峰は胸に込み上げる思いのままに、鵲を抱き締めた。鵲は笑った。二人の周囲に楽しげに風が舞い踊った。

風を感じたのか、保名も目を覚ました。隣の鵲の布団に手を伸ばすと鵲がいない。半身を起こした保名の耳に懐かしい声が聞こえた。
「すまない、起こしてしまった」
保名は飛び起き、布団の上に座りなおした。そして声の方へ向かい手をついた。
「お帰りなさいませ、貴方」
「夜中にすまん」
「何を謝るのです。ここは貴方の家ですよ」
「ああ、今戻った。保名」

保名は三峰の部屋をそのままにしてあった。鎧戸を閉ざし、三峰は日が暮れるまでそこで過ごす事にした。慣れた布団、着慣れた寝巻。人でなくなってもその感触は忘れてはいなかった。保名は灯がなくとも問題はなく、鵲も闇を怖がらなかった。親子三人は闇の中で団欒の時を過ごした。保名は余計な事は聞かなかった。保名は鵲の事を話した。
「鵲を連れて行くと、臥雲様はずっとお膝の上に置きたがるので、鵲は大変なのですよ」
「男の子はやんちゃだろう」
「この子は貴方に似て、手のかからない子だと、誰もが言うのです」
「そうかな」
「村の子供の中で、一番可愛いと誉めて下さる方が多くて」
保名はうれしそうに言った。
「貴方の子ですものね」

鵲は三峰に始終纏わりついていた。昼の痛みに耐えながら三峰が布団に横になると、自分も傍らに横になった。あまり物は言わぬ子だった。甘えながら、時折大人びた目をした。母子二人の環境がそうさせたのか、生まれつきのものなのか。三峰は我が子を抱き寄せた。鵲の風の力は強かった。三峰は竹生の子供時代よりも強いと思った。
(この子も盾になるのだ。おそらく、誰よりも強い盾に・・)
二人はひとつの布団で眠り、同じ夢を見た。優しい想いに包まれた夢だった。間人が二人の為に送ってくれた夢だと、三峰は気が付いた。夢の中で、三峰は間人に礼を言った。父と子は寄り添い、夜になるまで、幸せな夢を分け合った。




(41)完
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Last updated  2006/08/10 05:20:28 PM
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