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貴方の仮面を身に着けて

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2007/02/01
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カテゴリ:窓の記憶(旧)
「残されたカケラ」#15-3


雨はやんだものの、どんよりとしたままの灰色の空の下を、うちひしがれた村人達はとぼとぼと歩いていた。人々を佐原の屋敷の前で出迎えたのは鵲(かささぎ)だった。臥雲(がうん)長老は可愛い曾孫にすがりつき涙ながらに言った。
「ワシらはすべてを失ってしまった・・」
今年十三になった少年は澄んだまなざしで臥雲を見た。
「何をおっしゃいます、ひいお爺様、”疾風(はやて)の臥雲”様」
そのまなざしと同じく凛と澄み切った声が言った。
「雲の切れ間から太陽が見えて来ましたよ。田畑には坂の家の者達が丹精した実りがあります。風の力はなくとも、我ら”盾”には鍛えあげた剣の技があるではありませんか」
臥雲は目を見開いて鵲を見た。人々の視線が少年に注がれた。
「我らはすべてを失ったわけではないのです。幸彦様と真彦様の夢の力は健在です」
臥雲は呻いた。
「何と、お二人はご無事か」
一同に安堵の気配が広がった。
「幸彦様が夢で語りかけて下さいました。皆が心を強く持つようにと。我が父三峰の風の力も健在です。父は只今こちらに向かっております」
歓声が沸き起こった。人でない者になろうとも、三峰の温厚で優れた人柄は今でも人々の尊敬を失ってはいなかった。臥雲は曾孫に勇気付けられ、腰を伸ばし一同を振り返り、声を張り上げた。
「皆の者、くよくよしても始まらん、持ち場へ帰れ!日々の営みに励め!いつか土地の許しを得ようぞ」
霜月も声をあげた。
「今一度、我らの務めを思い出すのだ。我らは誇り高き佐原の村の民!」
和する声がそこかしこから上がった。

村人達は先程までとは打って変わった力強い足取りでめいめいの居場所へ散って行った。臥雲は頼もしげに曾孫を見た。
「鵲よ、お前は人々の希望の星を渡す掛け橋となると、幸彦様がその名をお与え下さった。その様に育ったな」
鵲は控え目に首を振った。
「ひいお爺様、それはひいお爺様や皆様のお蔭です。そして母の・・」
「お前は母の許に行き、三峰が戻る事を知らせてやりなさい」
鵲は笑顔になった。母の保名(やすな)が夫の三峰の帰りをいつも待ちわびているのを知っているからである。
「はい、そう致します」
鵲は一礼し、軽やかに雨上がりの道を駆けて行った。劉生と霜月が二人を温かく見ていた。霜月が言った。
「鵲様は、ますますお父上に似て来られましたな。将来が楽しみですな」
臥雲は胸を張った。
「当たり前じゃ、ワシの血を引く子、風の家の長になる子じゃ」
二人の家の長は長老の溺愛ぶりを微笑ましく思った。

「劉生殿」
霜月があらたまった声で語りかけた。
「忍野様の事は諦めなさるな。私にはどうも亡くなられたとは信じがたい」
臥雲も言った。
「身体が見つからんとは妙だ。何か最後のご加護が忍野にはあったように思える」
劉生は二人に頭を下げた。
「お二人共ありがとうございます。私もまだどこかで忍野は生きていると思っております」
霜月は劉生にいたわりをこめて言った。
「どうか後始末は我らにまかせ、露の家のお屋敷へお戻り下さい。麻里子様がお待ちでしょうから」
「はい、では、そうさせていただきます」
劉生は二人に頭を下げると歩き始めた。その後姿を見送りながら、霜月は臥雲にささやいた。
「すべての加護が消えたわけではないと、臥雲様もお気づきだったのでしょう」
臥雲はにやりとした。
「お前もな」
「おそらく、劉生殿も」
「どうやら老人はお目こぼしにあずかった様じゃ」
「ですが、今は」
「ああ、一度はやり直さねばならん。潮時かも知れぬな」
「いつまでも同じではいられませぬな。変わるものは変わる」
「それでも我らは、守れるものは守る」
「佐原の当主様がご無事な限り、我らのお役目は終わりませぬぞ」
「霜月よ」
「はい」
臥雲はじろりと劉生を見た
「老いたりと言えども、この臥雲、今も”盾”じゃ」
霜月は破顔した。
「この霜月も、同じで御座います」
二人は頷きあい、屋敷の門の中へ消えていった。



(続く)
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Last updated  2007/02/01 09:07:40 PM
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