カテゴリ:窓の記憶(旧)
「手放すべき鳥」#19-1
朱雀は目を覚ました。 (ここは・・) 朱雀は上半身裸で横たわっていた。目尻を伝う涙に朱雀は気がついた。拭おうとして右腕に重みを感じた。そちらを向くとさらさらとした黒髪の頭があった。朱雀の裸の腕にすがりつく様に腕を絡ませ、横向きに朔也が眠っていた。象牙色の寝巻を来た朔也はあどけないと言って良い程に邪気のない寝顔をしていた。 「目覚めたか、朱雀」 反対側には竹生が肘をついた片手で頭を支え、朱雀を覗き込んでいた。竹生の寝台で朱雀を中に三人は川の字になっていた。竹生はもう片方の手を伸ばし、朱雀の涙を指先で拭った。 「お前がうなされていたので、朔也が心配してずっとお前の側を離れなかったのだ」 竹生は顎で朔也を示した。 「これは優しい奴だからな。自分も熱が下がらぬというのに」 朱雀は左手で顔を覆った。軽い目眩を感じていた。 「私は・・」 「覚えておらぬのか」 「はい」 「急に倒れてな、せっかくの酒をこぼして、お前の服と絨毯に飲ませてしまったぞ」 「それは申し訳ない事を。絨毯はすぐ替わりをお届け致します」 竹生は口元に笑みを浮かべた。 「長い・・夢を見ていたであろう」 朱雀の脳裏に、夢の断片が思い出された。優しい笑顔、『奴等』との戦い、葬儀、時計とオルゴールから流れたあの旋律・・ 「黎二郎は昔のお前だな。そして百合枝にそっくりなお前の妻」 「何故それを・・」 「幸彦様だ。幸彦様が我等にも見せて下さったのだ」 「ああ・・夢の力をお使いになられたのですね」 「幸彦様はお前に礼を言って欲しいと。久しぶりにお父さんの姿を見る事が出来たからと」 黎二郎と共にいたあのマサトという少年は、その後に幸彦の父親となるのである。 朱雀の目眩はまだ収まらなかった。 「私は・・当惑しています」 「だろうな」 黎二郎が自分で、百合枝が艶子の生まれ変わりなら、百合枝も『火消し』の仲間である。それは百合枝も又苛酷な道を歩かねばならぬという事である。朱雀は百合枝と自分との深い絆を望みながら、そうであって欲しくないと願う気持ちもあった。『奴等』との戦いに巻き込まずに、ただあの笑顔を守りたいと。そしてもし百合枝が『火消し』の仲間であり、共に戦う事になれば、朱雀は己のすべてを打ち明けねばならない。それには自分が人の生き血を啜るバケモノである事も含まれる。朱雀はそれを百合枝に知られたくないと思っていた。 「お前に頼みがある」 竹生がぽつりと言った。眠る朔也を気遣ってか小声であった。 「何でしょうか」 「私が倒れたら、朔也の事を頼む」 朱雀は竹生の思いがけない言葉に驚き、思わず声を荒げそうになり、竹生の視線に気がついて声を低めた。 「そんな不吉な事をおっしゃらないで下さい」 竹生は愛しげに朔也を見た。 「これの、お前の弟の篠牟(しのむ)への忠誠は誰よりも篤かった。もしもあの時篠牟を助けに奥まで行かねば、”篠牟殺し”の汚名など着せられず、こんな有様にならなかったかも知れぬ」 朱雀は篠牟の最期の笑顔を思い出していた。異人の卑劣な刃に倒れた篠牟を背負い、佐原の村まで連れ帰ったのはこの朔也だった。篠牟がかろうじて許嫁の麻里子と最期の言葉を交わす事が出来たのも、篠牟の遺児の柚木が素直な子に育ったのも、彼の深い愛情があればこそであった。 「その心根に免じて、これに情をかけてやってはくれまいか」 確かに朱雀は篠牟の兄として、朔也に感謝すべき事は多くあった。朱雀は言った。 「分かりました。おっしゃる通りに致します。しかし竹生様、貴方には誰よりも長く生きていて欲しい。それが私の偽りなき気持ちです」 竹生は頷いた。 「簡単に倒れるつもりなぞ、私にはないぞ」 朱雀はにっこりと笑った。 「それならば、よろしゅうございます」 (続く) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『窓の記憶』主な登場人物の説明はこちらです。 『火消し』シリーズの主な登場人物についてはこちらです。 『火消し』シリーズの世界の解説はこちらです。 掲載された小説はこちらのHPでまとめてご覧になれます ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007/02/14 11:44:25 PM
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