カテゴリ:窓の記憶(旧)
「冷酷な熱気」#20-2
「朱雀様、ご無理はなさらないで下さい!」 千条が叫んだ。朱雀は休みなく異人と斬りあっている。異人のアジトである町外れの家を突き止め、朱雀達は急襲したのだ。千条の隣にやって来た鍬見(くわみ)がささやいた。 「どうされたのだ、朱雀様は」 「わからん」 朱雀自身が悪鬼と化したかの如く、朱雀は異人を見つけ出しては斬って行く。屋根の上で朱雀は叉一人異人を倒し、周囲を見渡たそうとして眩暈を感じた。ぐらりと傾いだ身体が屋根から落下していくのを見て、千条と鍬見が声をそろえて叫んだ。 「朱雀様!!」 朱雀の身体が宙で止まった。白い髪をなびかせ、その腕に朱雀を抱きとめたのは三峰であった。 「どうしたと言うのだ、朱雀」 風に乗り、空を翔けながら、三峰はいつもの穏やかな物言いで朱雀をたしなめた。 「ちゃんと”食事”を取っていないのか。幾ら我等でも、それでは身体がもたぬぞ」 三峰は優雅に着地し、朱雀を立たせた。朱雀はよろめきながらも自分の足で立った。 「食事か・・あれを食事と言うならな」 このように荒んだ朱雀を見る事は、つきあいの深い三峰でもあまりなかった。三峰はささやいた。 「あまり部下を心配させるな」 「ああ、すまん」 心配して駆け寄って来た千条と鍬見を見て、朱雀は正気を取戻した様であった。 「どうも具合が悪い。先に引き上げさせてもらう」 「はい、後は我等にお任せを」 千条は言った。鍬見も頷いた。 夕食の後、スコーンの焼き方について進士と話し込んでしまった百合枝は、いつもより遅く自室へ戻った。廊下で行き会ったのに、朱雀は蒼褪めた顔をしてちらりと百合枝を見ただけで、何も言わずに通り過ぎていった。こんな事は初めてだった。百合枝は不安になった。 柚木はいつも通りに、パンとコーヒーの朝食を済ませ、学校へ出かけた。進士と二人になると、百合枝は昨夜の朱雀の様子が不可解だった事を口にした。進士は控え目に言った。 「朱雀様は大変良く気がつく方で、周囲への心配りも細やかでいらっしゃいます。ですがご自身の事に関しては、どうも疎い所がおありで・・」 百合枝は良く解らなかったが、進士は朱雀の状態を承知しているらしい。進士が心得ているなら大丈夫だろうと百合枝は思った。 百合枝が自室に引き上げると、進士は朱雀の寝室へ向かった。進士はそっと扉をノックしてから中へ入った。ブラインドとカーテンを締め切った暗い室内に朱雀は横たわっていた。 「お加減はいかがでございますか、朱雀様」 寝返りで寝台が軋む音と、苦しげな吐息が聞こえた。 「進士・・時々私は忘れてしまうようだ。自分が化け物だと言う事を」 「私には朱雀様はいつでも朱雀様でございます」 「お前以外にとっては、そうではないだろうな」 進士はそれには答えなかった。 「和樹様が今夜お見えになりたいと。お断りいたしましょうか」 朱雀の人でない鋭敏な感覚が百合枝の気配を感じ取った。今は自室にいる。百合枝の気配を感じただけで、朱雀は安らぐ己を感じた。 「いや、大丈夫だ」 進士は頭を下げ出て行こうとした。 「進士」 朱雀が呼び止めた。枕から首だけを起こし、朱雀は言った。 「心配をかけて、すまなかった」 「いえ」 進士は朱雀を暖かい目で見た。 「和樹様のお好きなスコッチをご用意しておきます」 「ああ、頼む」 進士はもう一度頭を下げ、出て行った。 (続く) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『窓の記憶』主な登場人物 『火消し』シリーズの主な登場人物 『火消し』シリーズの世界の解説 掲載された小説はこちらのHPでまとめてご覧になれます ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007/02/19 01:43:59 AM
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