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貴方の仮面を身に着けて

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2007/03/16
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カテゴリ:窓の記憶(旧)
「夢はささやく」#26-3



力がぶつかり合った。双方とも後ろに吹き飛んだ。鞍人のタキシードはボロ布同然の無残な有様になっていた。朱雀の血に爛れ、更に自らの血で汚した額を手の甲で拭いながら、鞍人は言った。
「粘りますね」
「お互いにな」
朱雀の黒い戦闘服もあちらこちらが裂け、血が滲んでいた。
「それほどに、私が憎いですか」
「いや、キミ個人を憎んでいるのではない」
「そうですか」
朱雀はよろめく足に力を入れて地面を踏みしめた。そして刀を構えながら或る事に気が付いた。
「何故だ・・キミの姿が悪鬼から戻っている」
鞍人も剣を構えた。薄ら笑いが口元に浮かんだ。
「皮肉な事ですが・・幸彦の夢の力がまだ残っていて、それが私の心を引きとめているのです」

かつて異人・鞍人は幸彦の夢の力で浄化され、人間である純也(じゅんや)に戻った。しかし朱雀の愛を失った舞矢の心の叫びが鞍人の闇を呼び覚まし、再び彼を異人に変貌させた。その夢の力の名残が、今は鞍人が悪鬼に成り切るのを押さえていると言うのだ。
「軽口を叩きあいながら、正気のままで貴方を殺せる・・幸彦に感謝しなくてはいけませんね!」
鞍人は猛烈な勢いで滑る様に突進して来た。動こうとした朱雀の足を何かが邪魔した。転がっていた建角の上半身から伸びた手が、朱雀の足首を掴んでいた。黒い顔がにたりと笑った。鞍人の攻撃に朱雀の刀が跳ね飛ばされ、くるくると回りながら宙に舞った。
朱雀の顔に焼け爛れた顔を寄せ、鞍人は笑顔で言った。
「さようなら、社長・・」
鞍人は剣を振り上げた。

「朱雀!」
三峰は叫び、自分の愛刀を投げた。朱雀は刀を片手で受け止め、足に絡み付いていた鞍人を蹴り飛ばし、地面に転がり、鞍人の一撃を避けた。そして鞍人の体勢が崩れた所を下から一気に刀で貫いた。
「ぐはっ!!」
鞍人はのけぞり痙攣した。剣が手から落ちた。どさりと鞍人は灰色の地面に転がった。みるみるその燃え立つ真っ赤な髪が色褪せていった。三峰と和樹が二人に駆け寄った。
「お父さん、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ・・和樹」
朱雀は和樹に微笑みかけた。子供の頃から和樹が一番好きだった朱雀の笑顔だった。綺麗で、あまりに綺麗だから、時折和樹の胸が痛くなる、その笑顔。三峰は何も言わず、朱雀と目を合わせて頷いた。朱雀も頷き返した。

朱雀はかがみ込むと鞍人を抱き起こした。異人の髪はすっかり黒くなり、その顔は柔和になっていた。
「純也・・」
朱雀は呼びかけた。純也の血と埃で汚れた唇が震え、かすれた声が流れ出した。
「・・佐原の村に生まれたら・・私も盾になれたでしょうか・・」
朱雀は低い声で答えた。
「そうだな、お前は盾の家の血を引いている」
純也は目を閉じたまま微笑んだ。
「私は、父にもらった名前を・・こんな事に使ってしまった・・もし、盾になれたなら・・私も名乗れたでしょうか・・胸を張り・・私は・・”露の家の鞍人”だと・・」
「ああ・・キミは良い盾になれただろう。強くて誇り高き盾に」
和樹の目に涙が滲んだ。三峰はそっと和樹の肩を抱いた。
「杵人(きねと)・・父は可愛そうな人です・・舞矢の罪も、私が背負って死んでいきます・・だから・・父を・・」
三峰が優しく言った。
「案ずるな、杵人の事は私が責任を持つ。安心して暮らせる様に」
純也は再び微笑んだ。
「幸彦・・幸彦様・・あの方のおかげで・・私は人間として・・死ねる。舞矢を・・見守ってくれた事にも・・感謝すると・・」
朱雀の深く豊かな声が言った。
「ああ、必ず伝えるとも。幸彦様にキミの言葉を」
純也から答えは返って来なかった。朱雀の”人でない”感覚は、純也の時が尽きたのを感じ取った。

三峰の腕の中で和樹の身体がぐらりと揺れた。
「和樹様!」
三峰は素早く和樹の身体を支えた。朱雀の目に映った和樹の銀の身体は、傷だらけで陽炎の様に揺らぎ消えかけていた。
「いかん、和樹が限界だ」
朱雀は宙に向って叫んだ。
「サギリ、頼む!急いでくれ!」

三人の姿は、かき消すように灰色の世界から消えた。



(続く)
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