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貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

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2007/03/30
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カテゴリ:窓の記憶(旧)
「触れる絆」#29-2



「朱雀、落ち着け」
「そう言うな、三峰」
医療の建物の片隅で、朱雀は初めての我が子の誕生を待っていた。父親の先輩である三峰は余裕の表情で長椅子にゆったりと腰を下ろしていた。朱雀は目の前の扉の中の様子を伺いながら、その前を行ったり来たりしていた。普段の朱雀からは考えられない、そわそわとした態度である。

朱雀と百合枝の子は、佐原の当主の預言を受けた子である。幸彦と真彦が同じ夢を見たのだ。未来の”村の守護者”になると。村中が赤子の誕生を待っていた。その子が土地の加護を再び取戻すきっかけになるのではないかと、誰もが期待していた。

佐原の村で子供を産みたいと言い出したのは百合枝だった。朱雀は言わなかったが、それを周囲の皆が望んでいる事を、百合枝はそれとなく感じていた。予定日が近付き、朱雀は和樹に会社をまかせ、百合枝と共に佐原の村に帰った。幸彦と真彦も一緒だった。吉報と共に、久しぶりの当主の帰還に村は沸きかえった。三峰も二人の守護を兼ねて同行した。竹生が留守を守ると申し出た。”外”の守りを空っぽにするわけにはいかなかった。和樹を守る者も必要だった。竹生にはまだ余り動けぬ朔也を置き去りには出来ない事情もあった。

柚木も摩天楼に残った。朱雀達が村へ戻りたい気持ちは理解出来たが、柚木はまだ村への憎しみが捨てられなかった。進士も柚木の世話と摩天楼の留守番の為に残った。

斤量(きんりょう)も佐原の村に戻って来た。奥座敷の番人が久しぶりに顔を揃えた。斤量と干瀬(ひせ)は真彦の部屋だった屋根裏の小部屋で、酒を酌み交わしていた。
「朱雀も本物の父親になるのか」
干瀬は心底うらやましそうな顔をした。その顔は忍野(おしの)の顔であった。
「奥座敷で産めば良いのにな。さすれば、我等の御子になる」
斤量が言うと、干瀬はにっこりと笑った。
「それは良い考えじゃの」
干瀬は天を仰ぎ、叫んだ。
「更紗、更紗」
「気安く呼ぶな」
細く高い声が答えた。
「奥座敷の中央の部屋に、極上の絹の褥と金のたらい、それと沢山の湯を用意してくれんか。ワシの集めた水晶の玉、紫のも薔薇色のもやるから」
細く高い声が疑い深げに聞いた。
「ほんとにくれるか?」
「ああ、やるとも。これからもっと良い宝を、ワシは手に入れるのだからな」

斤量は呆れた。
「おぬし、本当に連れて来るつもりか」
「あれは未来の”村の守護者”だ。我等の御子になった方が良い」
干瀬は立ち上がり、斤量を見た。
「お前の”手”が必要だ」
斤量は少し考え、頷いた。
「良かろう」
干瀬はうれしそうな顔をした。
「人の言葉で何と言ったかな・・そうだ、”善は急げ”だ」
細く高い声がからかう様に言った。
「急いてはことをしそんじる、と言う言葉もあるぞ」
干瀬が何か言い返す前に、笑い声とさわさわと鳴る羽根の音は遠ざかって行った。

「百合枝が消えた?」
扉から泡を食って転がり出て来た若い医師が、朱雀に百合枝の失踪を告げたのだ。
「突然、消えてしまったのです」
若い医師は泣きそうだった。三峰は天井を見上げた。そして微笑した。
「さすがお前の子だな。産まれる前から守りたいと思う者達がいる」
朱雀も気配に気がついた。
「奥座敷か」
朱雀は若い医師に言った。
「奥座敷で私の子が産まれる」
訳が分からず、若い医師はきょとんとした。
「すまんが、先に行かせてもらうぞ」
そして朱雀と三峰は、頷きあい、風に乗り走った。
「こらこら、廊下を走っちゃいかん」
老医師がその背中に呼びかけた。その言葉が届く前に、二人はすでに医療の建物を出て、中庭を通過していた。
「さて、我らも行くとするか」
老医師は奥座敷に向かい、ゆっくりと歩いていった。

奥座敷の重い扉は開かれていた。中に幸彦と真彦が立っていた。朱雀と三峰の姿を見ると、幸彦は微笑んだ。朱雀と三峰は二人の前にひざまずいた。
「奥座敷の番人の仕業、許してやってくれ」
佐原の家の家令の郷滋(ごうじ)もやって来た。幸彦は郷滋に言った。
「他の者達は”前座敷”で待ってもらってくれ」
前座敷とは奥座敷の一番手前側、当主が村人と謁見する間である。郷滋は頭を下げた。
「承知致しました」
「さあ、立って。奥へ行こう」
幸彦と真彦に導かれ、二人は奥へ進んだ。女の悲鳴が聞こえた。朱雀の顔が険しくなった。三峰がささやいた。
「心配はいらん」
「ああ」
朱雀は眉間の皺をゆるめた。

金泥を施した襖の前で、幸彦は立ち止まった。
「百合枝はこの奥にいる。心配ないよ、間宮も一緒だから」
間宮は佐原の家の厨(くりや)を預かる女である。良く気のつく陽気な老女だった。幸彦はすとんと腰を下ろし、胡坐をかいた。
「僕らはこの部屋で待とう。二人共、楽にしていいよ」
二人は素直に従い、畳に腰を下ろした。真彦は引き締まった表情をしていた。子供ながら不思議な威厳のある顔であった。
「お父さん・・」
幸彦は頷いた。
「ああ、行っておいで」
真彦は襖を細く開けると中へ滑り込んだ。朱雀の目にちらりと中の様子が見えた。白い布団やうずたかく積まれた白い布が見えた。

「寒いと思ったら、雪だ」
幸彦が言った。その部屋の窓の向こうは中庭だった。明け始めた明るさの中に白くちらつく雪が見えた。朱雀は言った。
「幸彦様、真彦様まで徹夜をさせてしまい、誠に申し訳ありません」
「いいんだよ、大事な子じゃないか。この村が土地の加護を失って以来、初めて村で産まれる子なんだ。皆の希望・・」
幸彦の目に不思議な光が宿った。
「ああ・・そうだ・・希望、希望の星を持つ子、その名に・・」
(夢が来ている・・)
朱雀も三峰も思った。




(続く)
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Last updated  2007/03/30 01:08:32 AM
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