カテゴリ:窓の記憶(改訂版・完結)
和樹と進士はキッチンへ引き返した。キッチンのテーブルにポットを置き、和樹は腰を下ろした。進士も盆を置き、新しいふたつのカップに珈琲を注ぎ、自分も腰を落ち着けた。 「お父さんが少し、昔のお父さんに戻ったみたいでうれしいよ」 和樹も進士も、朱雀のここ数年の傷心ぶりに心を痛めていた。 「お母さんが死んでから、あんなに穏やかな顔をしているのを初めて見たよ」 「そうでございますな」 進士も頷いた。和樹がやや軽い口調で言った。 「それにしても、どうして『奴等』に狙われる、やっかいな人ばかり好きになるのだろう、お父さんは」 進士の返事は、思いがけず真剣な響きを帯びていた。 「守るべき者あってこその盾・・ですから」 和樹は笑顔を消し、真面目な顔で進士を見た。 進士は両手を重ね、テーブルの上に置いた。 「我等”盾”は、佐原の家の当主様を守る為に存在致します。朱雀様は、さゆら子様の盾として生涯を捧げるおつもりでした。今もきっと・・」 進士も幸彦の母親のさゆら子の盾であった。 「さゆら子様を守りきれなかった・・その罪の意識から、朱雀様は逃れる事がお出来にならぬのでしょう」 「お父さんのせいではないのだろう?」 和樹の言葉に、進士は首を横に振った。 「守るべき者を失った時、盾は盾でなくなるのです。”盾”とはそういうものなのです」 「お父さんは、お母さんと僕を守ってくれたよ」 「それも偽りなき朱雀様のお気持ちです。けれども、朱雀様はずっと探しておられたのでしょう、贖罪の道を。舞矢様の事は、大変にご不幸な事でした。あの時から朱雀様は変ってしまわれた。心からの笑顔をお見せにならなくなった」 「うん、そうだね」 和樹は深く頷いた。和樹と進士だからこそ解る朱雀の変貌だった。 「百合枝様は、おそらく朱雀様がようやく巡り合った方なのです。すべてをかけて守りたいと。ですから、もし百合枝様の身に何かあったら、今度こそ朱雀様は・・」 「進士」 「はい」 和樹は鋭く言い放った。 「僕は、鞍人(くらうど)を許さないよ」 進士は驚きの目を向けた。 「和樹様?」 「僕には『奴等』や異人を直接滅ぼす力はない。だけど、出来る事はするつもりだ」 和樹は進士を見た。 「お前は知っているのだろう?僕の銀の身体が、もうもたない事を。今度大きな戦いが来たら最期だと」 哀しみと決意が、和樹の顔にあった。 進士はいつもの冷静な顔で頷いた。 「存じております。ですが、百合枝様がカナ様の代わりを努めるが可能なら・・」 「いや、代わりなんて誰もいないさ。僕の身体を癒せるのは、お母さんだけだ」 和樹は残りの珈琲を飲み干した。 「僕だって『火消し』の仲間だ。覚悟は出来ているつもりだよ。それに後少しでも、お父さんの役に立つなら、僕はいいんだ」 すっかり会社の専務が板につき、ここ数年、戦いの事など一言も口にしなかった和樹であった。だが自らの真の役目を忘れたわけではなかった。 進士はあえて穏やかに微笑んで見せた。 「和樹様は、本当に親思いでいらっしゃいますな」 「それは、お父さんが僕を大切に思ってくれたからだ」 和樹は立ち上がった。 「さあ、そろそろ戻るよ。向こうでも珈琲のお替りが欲しい頃だろう」 進士も立ち上がった。 「かしこまりました、すぐにご用意を」 (続く) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『窓の記憶』主な登場人物 『火消し』シリーズの主な登場人物 『火消し』シリーズの世界の解説 掲載された小説等はこちらでまとめてご覧になれます ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007/05/18 06:08:09 PM
[窓の記憶(改訂版・完結)] カテゴリの最新記事
|
|