261430 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

貴方の仮面を身に着けて

貴方の仮面を身に着けて

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
2007/06/05
XML
きらきら



朱雀は書斎の椅子の背に持たれかかり、大きく伸びをした。
「さて、今日はどこに寝るかな。竹生様に寝室をお貸ししてしまった」
朱雀の寝室の方から竹生の悦ばしげな様子が伝わって来る。朱雀の”人でない”感覚はそれを感じ取っていた。
(あの方も、長く孤独であったのか・・)
朱雀は竹生の心中を思いやった。

「私達は自分の為には生きられない」
朱雀は”盾”に伝わる戒めの言葉をつぶやいた。佐原の家の当主であった幸彦の「最強の盾」として、人としての幸せも、人である事すら捨てざるを得なかった竹生。長き戦いの果てに、つかの間の平穏を望んで何が悪かろう。

軽く扉を叩く音がした。
「入れ」
進士が入って来て頭を下げた。
「百合枝様が不安がっておられる様です」
「そうか」
「温かいお茶をご所望されましたが、本当に必要なものはこちらにあるかと」
朱雀は片方の眉を上げ、進士のいつも平静な顔をじろりと見た。

朱雀の住居に続く扉を叩く音がした。百合枝が扉を開けると、ポットと茶器の載った銀の盆を片手で頭上に高く差し上げ、朱雀が立っていた。わざとらしく慇懃に良く通る声が言った。
「ルームサービスをお持ち致しました」
百合枝は驚いた。朱雀が来るとは思っていなかったのである。朱雀は淡いグリーンのパジャマの上に濃紺のナイトガウンを着ていた。素足にスリッパを履いている。百合枝はワンピースのままであった。

入り口に立ち尽くす百合枝に、朱雀は笑顔で優しく尋ねた。
「中に入れてもらえるかね?」
百合枝は部屋の中へ退いた。中へ進んだ朱雀は居間のテーブルの上に盆を置いた。キッチンから百合枝の声がした。
「こちらへ持って来て下さらない?」
「いいとも」
そこは小さなテーブルと椅子のあるこじんまりした空間だった。紫がかった青で野生の苺を描いた白いテーブルクロスの上に朱雀は盆を置いた。

百合枝は両腕で自分の身体を抱き、すがる様な目で朱雀を見た。朱雀は何も言わずその目を暖かい目で見返した。
「ここは広すぎるわ」
「キミの屋敷の方が広いだろう」
「私の部屋はそんなに広くないわ。それに」
「それに?」
「ずっと暮らして来た家だもの」
朱雀はポットを手にした。
「座りたまえ、カモミールのお茶だ。夜にはこれがいい」
薄手の白いティーカップに朱雀はお茶を注ぎ、席に着いた百合枝の前に置いた。
「蜂蜜を少しどうかね?進士が最近気に入っているプロヴァンスの物だそうだ」
百合枝が頷いたので、朱雀は硝子の入れ物から銀のスプーンですくい、百合枝のカップに入れてやった。

百合枝が言った。
「貴方もいかが?」
「では、いただこうか」
朱雀は百合枝の正面に腰を下ろした。百合枝がポットに手をかけると、朱雀がその手を押さえた。
「今日のキミは、我が家のお客様だ」
朱雀は自分でカップを満たした。百合枝がつぶやいた。
「風が・・」
「風?」
「窓が激しく鳴って、外に人影が見えた気がしたの。私、怖くなって・・」
朱雀は片手を伸ばし、百合枝の手を握った。小さな手は冷たかった。そして朱雀の手は温かかった。百合枝は怯えた顔を少し和らげた。
「大丈夫だ、ここは安全だ」
おそらく狩に出かけた三峰だろうと朱雀は思った。
「これを飲んだら、ゆっくり風呂でも使いたまえ」
「ええ」
朱雀は百合枝の手を放した。
「風呂に湯を入れて来よう」

コックをひねると、クリーム色のバスタブに勢い良く湯がほとばしった。朱雀はバスルームの隣のクローゼットからノースリーブのネグリジェと対になったガウンを取り出した。薄い薔薇色の絹にレースを使った豪奢な物であった。それを手に百合枝の所に戻った。
「せっかく用意したのだ、着て欲しいものだな」
「素敵だわ」
百合枝はそれを受け取り、胸に抱きしめた。再び元の椅子に腰を下ろした朱雀に、百合枝はためらいがちに聞いた。
「もう少し、居て下さる?」
「キミが落ち着いて、ベッドに入るまで、居るから安心していい」
百合枝は笑顔になり、立ち上がるとバスルームの方へ歩いて行った。




(続く)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

にほんブログ村 小説ブログへ

『窓の記憶』主な登場人物
『火消し』シリーズの主な登場人物
『火消し』シリーズの世界の解説

貴方の仮面を身に着けて
掲載された小説等はこちらでまとめてご覧になれます

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007/06/05 09:17:00 PM
[窓の記憶(改訂版・完結)] カテゴリの最新記事


PR

Profile

menesia

menesia

Recent Posts

Category

Archives

2024/10
2024/09
2024/08
2024/07
2024/06

Comments

龍5777@ Re:白衣の盾・叫ぶ瞳(3)(03/24) おはようございます。 「この歳で 色香に…
menesia@ Re[1]:白衣の盾・叫ぶ瞳(1)(03/20) 風とケーナさん コメントありがとうござい…
menesia@ Re[1]:まとめサイト更新のお知らせ(03/13) 龍5777さん 「戯れに折りし一枝の沈丁の香…
龍5777@ Re:まとめサイト更新のお知らせ(03/13) おはようございます。「春一番 風に耐え…
menesia@ Re[1]:まとめサイト更新のお知らせ(03/13) 龍5777さん 「花冷えの夜穏やかに深まりて…

Favorite Blog

織田群雄伝・別館 ブルータス・平井さん
ころころ通信 パンダなめくじさん
コンドルの系譜 ~… 風とケーナさん
なまけいぬの、お茶… なまけいぬさん
俳ジャッ句      耀梨(ようり)さん

© Rakuten Group, Inc.
X