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貴方の仮面を身に着けて

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2007/06/17
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きらきら



竹生は、この男らしくなくうなだれている、朱雀に言った。
「お前は、百合枝をどう思う?」
朱雀は顔を上げた。
「百合枝を安全に保護する、それが私のなすべきです」
「すべてはお役目の為か」
竹生は自分で酒を注ぎ足すと、灯りの方にグラスを掲げ、切子細工の煌きを愛でるかの如く、それを眺めながら言った。
「抱きたくない女を抱くのも、抱かれたくない男に尽くすのも、お役目の内か」
朱雀の顔が険しくなった。
「何がおっしゃりたいのですか、竹生様」

切れ長の目に特徴のある美貌が、再び朱雀を見た。
「お前は、百合枝を愛しているのか?」
朱雀は息を呑み、ひるんだ表情を見せた。普段であるなら、軽い言葉ではぐらかすのが、朱雀であるはずだった。だが朱雀は知っていた。そんな小手先の誤魔化しは、竹生には通用しないと。朱雀は素直に答えた。
「私には、人を愛する資格なぞありません。私は”人でない者”・・化け物です」
自分を見ている竹生の事に気がつき、朱雀は頭を下げた。
「失礼致しました」
「いや、気にするな。私も化け物だ」
朱雀は再びうつむいた。
「私の愛は”壁”の向こうに置いて来ました。あの十五年前の日に」
朱雀は軽く首を左右に振った。
「止しましょう、この話は」

しばらく、二人は静かに酒を酌み交わしていた。夜は深さを増し、”人でない”二人の神経は、琥珀色の美酒に酔う事もなく冴え渡っていった。
「赤い髪のイサク・・」
立てかけられた絵を見ながら、竹生が言った。
「それが、朱雀、お前の『火消し』の仲間としての名だな」
朱雀は頷いた。
「はい」
『火消し』とその仲間は転生を繰り返す。だが『火消し』の仲間であっても前世を覚えている者は少ない。朱雀もずっと記憶がなかった。今もかろうじて自分の名前と『奴等』との戦い方を思い出したに過ぎない。

竹生は小卓の上の本に手を伸ばした。パラパラと頁をめくり、やがて低い声で竹生は朗読を始めた。
「・・戦いは熾烈を極め、我が血の多くを失う。今日も妻に負担をかける。妻は無言なり。ただ微笑みて我が手を握り、暖かき命が我が身に・・」
朱雀の脳裏に再びあの旋律が流れた。記憶の闇の底から浮かび上がる幾つかの面影、声、カーテンの手触り、水薬の匂い・・目眩を感じ、朱雀は思わず叫んだ。
「竹生様!」
竹生は読むのをやめた。口元に笑みを浮かべ、むずかる子供をあやす様な調子で、竹生は言った。
「大きな声を出すな、朔也が起きてしまう」
竹生は本を閉じ、朱雀の方へ放り投げた。無造作に見えたが、竹生の風が本を支え、本はゆるやかに朱雀の膝に着地した。

「朔也はすぐに気がついたのだ」
「何に・・ですか?」
朱雀は目眩をこらえながら聞いた。本は赤い皮で装丁されていた。中を見たいが見るのを躊躇する気持ちもあり、朱雀は本を手にしたまま、竹生の話の続きを待っていた。竹生は立ち上がった。片手を振り上げ、何かを示す様な仕草をした。
「お前も感じているはずだ、この屋敷に張り巡らされた力を」
次第に強まる眩暈と闘いながら、朱雀はつぶやいた。
「結界・・」
「そうだ」
竹生はふわりと天井近くまで飛び上がった。白く長い髪が宙に舞い、不可思議な模様のように乱れ波打ち、闇に流れた。
「この屋敷は、我らが来る以前から、『奴等』との戦いの備えがなされていた」
風が吹いた。部屋中のカーテンがはためき、朱雀の赤い髪も風に乱れた。
「再びここは、戦う者達の家となるのだ」

白くたなびく髪の間に見え隠れする、竹生の月の如き美貌を見ながら、朱雀は何も言わなかった。否、言えなかった。朱雀の中に一気に湧き上がって来た様々な感情に、朱雀は押しつぶされそうになっていた。
「竹生様!」
朱雀は助けを求めるかの如く、再びその名を叫んだ。竹生は朱雀の傍らに舞い降りた。竹生の白き美貌が朱雀の目の前にあった。夜の物憂さを含んだ声がささやいた。
「大声を出すな・・と、言ったはずだ」
青き魔性の瞳が朱雀の瞳を覗き込んでいた。唇が触れ合う程に間近に。
「たけ・・お・・さま・・」
朱雀の意識は、その青く輝く瞳の中に溶けるように、失われて行った。






(続く)
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Last updated  2007/06/17 05:43:28 PM
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