カテゴリ:窓の記憶(改訂版・完結)
建角(たけつぬ)のアジトは朱雀達の襲撃で壊滅したが、鞍人(くらうど)は気にしていなかった。”壁”の向こう側の自分達の領域に逃げ帰った建角は、鞍人の機嫌を取る様に上目使いで見ながら言った。 「もっとお前に怒られると思ったよ」 鞍人はわざと優しい顔をして建角に言った。 「どうせ、時間つぶしですからね。あの方達が遠い今は、あまり強いしもべは作れないし」 異人は自分達を異人とは呼ばない。「あの方達のしもべ」と言う場合が多い。 「まあ、そうだが」 仲間となった人間も、直接に”あの方”達の洗礼を受けねば脆い存在でしかないのだ。 ”盾”達の目が建角に向いている間に、鞍人は自分の計画を着々と進行させていた。建角は鞍人の都合の良い様に動かされているのである。だが建角はそれに気がついていない。 「次は何をしようかな、まだ喰い足りないんだよ」 建角は黒い顔に間抜けな笑いを浮かべた。その顔を見ながら鞍人は胸の内でつぶやいた。 (喰われているのは、お前の方ですよ) 元々の建角は上品で礼儀正しい青年だった。それが心を奪われていくうちに、粗野になり呆けて来たのである。鞍人も何時かは自分もそうなると知っていた。そして遂には自我のない悪鬼なってしまう事も。 (その時が来るまで、せいぜい楽しませてもらいますよ) 鞍人はタキシードの白い襟飾りを気取った手付きで整えた。 紺色のチュニックにデニムのサブリナパンツ、髪を白いヘアバンドでまとめ、百合枝は自分の居間で掃除機を操っていた。開け放した窓から、朝の気配がまだ残る心地良い風が吹き込んでいた。 「珍しい姿を見てしまったな」 良く通る声が背後からした。百合枝は掃除機を止めて振り返った。朱雀が立っていた。百合枝は朱雀の住居と繋がる扉に鍵をかける事をしなくなっていた。進士や柚木は一応ノックをするが、朱雀は不意に入って来る事もある。百合枝はそれを咎めなかったし、二人の間柄が近くなった様で、むしろうれしく思っていた。 「どうなさったの?こんな時間に」 普段なら朱雀は出社して不在の時間である。少なくとも百合枝はそう思っていた。朱雀はスーツ姿ではなかった。素肌に白いシャツを羽織り、生成りの木綿の柔らかいズボンを履いていた。 「昨日、飲みすぎてね。午前中は休む事にしたのだよ」 本当は『奴等』との戦いが長引き、少し前に帰宅したばかりであった。 「和樹さんに叱られるわよ」 百合枝は茶化す様に言ってから、朱雀の顔色が蒼褪めているのを見て心配そうに言った。 「お顔の色が悪いわ」 「少し、頭痛がするのだ」 昼間の痛みが朱雀の全身を蝕んでいた。朱雀は痛みを堪えながら笑ってみせた。 「キミの顔を見たら、少しは楽になるかと思ってね」 百合枝は自分の頬に手を当てた。 「私、お化粧もしていないのよ」 朱雀は百合枝に微笑みかけた。 「充分に魅力的だ。新鮮で、実にいい」 朱雀は百合枝の手首を掴み、引き寄せた。 束ねていた百合枝の髪が解け、風に揺れた。 先日、和樹が朱雀を訪ねて来た時、柚木も交え三人で百合枝の事を話すうちに、和樹が「お母さんが恋しくなったんじゃないか」と柚木をからかった。柚木はさっと蒼褪めた。百合枝を慕う気持ちのどこかに和樹の言った事があったからである。義理の父親とはいえ、忍野は柚木にとって「大好きなお父さん」だった。たとえどんな事情があろうとも、結果的に父を追い詰め死なせてしまった母の麻里子を、柚木はまだ許す気にはなれなかった。 それから柚木は、百合枝の作る物を一切口にしなくなり、百合枝を避ける様になった。百合枝は悪くないのだ。意地を張っているのは自分だと柚木は解っていた。 (続く) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『窓の記憶』主な登場人物 『火消し』シリーズの主な登場人物 『火消し』シリーズの世界の解説 掲載された小説等はこちらでまとめてご覧になれます ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007/07/16 03:54:49 AM
[窓の記憶(改訂版・完結)] カテゴリの最新記事
|
|