カテゴリ:金銀花は夜に咲く(完結)
百合枝が”異人”の鞍人(くらうど)に拉致され、悲惨な姿で戻った事は少数の者にしか知らされなかった。出張先から急ぎ帰宅した朱雀は、進士(しんじ)を伴い百合枝の運ばれた病院へ向かった。 出掛けに朱雀は柚木に言った。 「お前は家の留守を頼む」 最近の柚木が、朱雀や百合枝の事を避けていた事、そしてその理由を、朱雀は感じ取っていた。だからこそ柚木にあえて留守居を命じたのだ。 「ここを空にしてしまうわけにはいかんからな。『奴等』が何時現れるか分からない」 「朱雀おじさん、僕・・」 罪悪感と混乱の中にいる柚木に、朱雀はいつも変わらぬ微笑を投げかけた。 「須永が直に来る。頼りにしてるぞ、柚木」 朱雀と入れ違いに須永がやって来た。二人の部下を連れていた。須永の後ろで頭を下げた二人に、柚木は見覚えがあった。 「高綱(たかつな)と五瀬(いつせ)です。覚えておられますか?」 物静かで寡黙な須永の部下であるのに、この二人は上司とは正反対に陽気で饒舌だった。 「柚木様、お久しゅう御座います。木登りの得意な高綱ですよ」 「いやいや、木登りは私の方が得意でしたよね、柚木様」 柚木はたちまちに警戒心が解け、昔二人に遊んでもらっていた頃の子供の気持ちを取り戻した。 「五瀬の方が、高くまで登れたよね」 「ほら、みろ。柚木様は正直でいらっしゃる」 小柄で敏捷そうな五瀬は、大きな目を輝かせて悪戯っぽく高綱を見た。ひょろりと背の高い高綱は肩をすくめた。柚木と二人の様子を穏やかに見ていた須永が口をはさんだ。 「挨拶がすんだら、交代で表を見張れ」 さっと二人は真面目な顔を取り戻し、一礼して出て行った。 強くなりたい、一人で生きて行かれる様に そう思ったはずなのに・・ 柚木は自分を守る手がこんなにも多くあった事に初めて気がついた。須永も三隅も何も言わなかった。だが彼等は元々”外”へ出る事を願う盾ではなかった。高綱も五瀬もそうだった。皆、柚木の義父の忍野を慕い、柚木にも特別の親しみをこめて接していた盾達であった。柚木も彼等に懐いていた。 村のすべてを嫌悪し、誰にも会いたくないと柚木は朱雀に言った。朱雀も強いて誰かに会わせようとしなかった。しかし柚木に心をかける人々は、柚木に気取られぬ様に、ずっと柚木を守って来たのであった。柚木の”風の力”が呼び寄せる敵達から。 突然、柚木が言った。 「須永、ありがとう。三隅も皆も、ありがとう」 須永は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの穏やかな表情に戻り、柚木を促した。 「奥へ入りましょう。いつまでも玄関先にいるのも何ですから」 柚木は明るく言った。 「僕、珈琲をいれるよ。進士に習ったんだ」 「ありがとうございます」 「あの二人にも飲ませてあげたいな」 須永は微笑んだ。 「後で、三隅と交代致しますので、奴にもお願いします」 「うん、まかせて」 柚木も笑顔で須永を見た。須永はかつての柚木の笑顔をそこに見出し、後でその事を三隅に教えてやろうと思った。 (続く) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『金銀花(すいかずら)は夜に咲く』主な登場人物 『火消し』シリーズの主な登場人物 『火消し』シリーズの世界の解説 掲載された小説等はこちらでまとめてご覧になれます ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007/10/18 08:16:08 AM
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