カテゴリ:金銀花は夜に咲く(完結)
「和樹さんが僕を?」 「お前に逢いたいと言うのだ」 朱雀が帰宅した気配を感じ、寝る前に挨拶だけしておこうと顔を出した柚木は、朱雀の言葉に驚いた。 「着替えたらすぐに出る。お前も支度をしておきなさい」 「和樹さんのマンションなら、僕一人で行かれるよ。まだ電車もあるし」 「和樹は竹生様のお屋敷にいる。私の車で行こう」 「竹生様の?」 柚木は朱雀が彼らしくない背広を着ているのに気が付いた。朱雀はいつも身だしなみには気を使うし、それは百合枝の前では特にそうである。着替えるとはそういう事だろうと思った。 「和樹は具合が悪いのだ。今は無理に動かせない」 「そんなに悪いの?」 朱雀は暗い顔をした。 「ああ」 「すぐ支度して来るよ」 柚木は朱雀の様子から和樹が大分悪そうだと感じた。 柚木はパジャマを脱ぎ、シャツとズボンを身につけた。竹生様のお屋敷へ行くのは初めてだった。柔らかい茶色の上着を羽織ながら、めったにない夜の外出に何となく気分が高揚した。 (百合枝さんにも逢えるかもしれない) そして和樹の具合が相当悪いと聞かされた事を思い出し、少し反省した。 (浮かれている場合ではないんだ) 柚木は膨れ上がる不安を抑えながら支度をした。居間に戻ると進士がいた。 「朱雀様はまもなくお支度が整うと思います」 「和樹さんはどうしたと言うのだろう」 「詳しい事は解りかねますが、体調を崩された様で」 朱雀は神内に借りた服を脱いだ。朱雀の逞しい身体のあちらこちらに包帯が巻かれていた。顔などの目立つ場所に傷がなかったので、百合枝には気取られずにすんだ。しかし和樹の診察の後、朱雀の傷の手当をした鍬見には、無理をしない様に釘を刺されていた。 「いくら朱雀様と言えども、怪我は怪我ですから」 異人の毒の入った怪我は治りが遅い。だが和樹の治療に体力を消耗している百合枝の力を借りるわけには行かなかった。クローゼットの姿見に映った顔が蒼褪めている。朱雀は異様な乾きとも戦っていた。 (血が足りない・・) 進士や柚木の血を求める事は朱雀の誇りが許さない。柚木を送り届けたら”狩”に出なければならない。それまでこの手負いの身体が持つ様にと、朱雀はネクタイを結びながら気を引き締めた。 聡い柚木は、めったにない程に朱雀が憔悴している事を見て取った。朱雀の車の助手席に座った柚木は、朱雀に負担をかけぬ様に大人しくしていた。夜の道は空いていて、車はたちまちのうちに竹生の屋敷に着いた。朱雀は門の横手の駐車場に車を入れた。そこは数台の車が駐車出来るスペースになっており、桐原の使う黒塗りのセダンも停めてあった。それは千条が運転する時もあった。 「お前は先に行きなさい」 朱雀は平静を装って言った。毒が回ったのか、傷の痛みが激しくなって来ていた。 「はい」 素直に柚木は従い、車を降りた。誰か大人に逢ったら、すぐに朱雀の事を知らせて、様子を見に行ってもらおうと密かに思いながら。 ひっそりとした潅木の間の小道を抜け、玄関にたどり着くと、柚木は呼び鈴に手を伸ばした。押す前に扉が開いた。若い男が立っていた。 「キミは・・誰?」 伸びた前髪で顔が良く見えないが、その声を聞いて、柚木は凍りついた様にそこに立ち尽くした。湧き上がる疑問と驚きの中で、柚木はようやっと言った。 「柚木です。和樹さんに呼ばれて・・」 「ああ・・」 男は軽く頷いた。桜色の唇の端が上がり、微笑んでいるのが見えた。男の後ろから声がした。執事の桐原だった。 「朔也様、どうなさいました」 男は振り返るとゆったりと言った。 「お客様・・和樹さまの・・」 「それは気付かずに申し訳ありませんでした。私がご案内致します」 男はそのまま、ふらふらと奥へ向い歩いていった。どこか身体が不自由に見える歩き方だった。柚木は茫然とした面持ちで、その後姿を見ていた。桐原はその姿を隠す様に、柚木の前に立った。 「柚木様、和樹様がお待ちで御座います。こちらへどうぞ」 (続く) 『金銀花(すいかずら)は夜に咲く』主な登場人物 『火消し』シリーズの主な登場人物 『火消し』シリーズの世界の解説 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2007/12/22 11:13:44 PM
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